伊藤海法律事務所 弁護士・弁理士 伊藤 海

2026年10月22日

伊藤 海

この記事を書いた人:伊藤 海 弁護士/弁理士

弁護士/弁理士
東京弁護士会所属(登録番号:49989)
日本弁理士会所属(登録番号:21902)

取扱分野:企業法務、カルチャー・エンターテインメント法務、AI法務、ベンチャー・スタートアップ支援、知的財産権法

1 はじめに

2026年6月24日、フランスの最上級裁判所である破毀院の第一民事部は、声の権利について重要な判断を示した(Cass. 1re civ., 24 juin 2026, n° 25-20.483、判例集〔Bulletin〕登載)。

要点は三つある。第一に、破毀院は、人の声を肖像と並ぶ人格の主要な属性と位置づけ、声は肖像と同じ条件で保護されなければならないとした。私生活の尊重を受ける権利(民法典9条1項、欧州人権条約8条)は、肖像の尊重を受ける権利に加えて、声の尊重を受ける権利を含む。第二に、この権利も絶対ではなく、表現の自由と衝突する場面では、裁判官が両者を衡量しなければならないとした。第三に、その衡量の要素である「公共の利益に関する議論」の存否について控訴院の判断を誤りとし、声の無断利用を違法とした控訴院の判決を一部破棄して、事件を差し戻した。

一見すると、声の権利を認めながら、声の権利を主張した者を敗訴に向かわせる判決である。しかし、両者は矛盾しない。権利を認めることと、その権利が表現の自由の前で退くべき場面を画することは、同じ作業の表と裏だからである。本稿は、判決の原文に即して事案と判旨を整理し、日本法の現状と比べ、生成AIによる声の利用への含意を考える。

2 事案の概要

2021年4月7日、シャンソンに詳しい作家・音楽ジャーナリストが、ウェブラジオのインタビューで、近年は容姿に恵まれた歌手が売り出されなくなったという趣旨の発言をし、女性歌手の名を挙げてその容姿を論評したうえで、レコードや雑誌を売るには「美しい人たち(des gens beaux)」が必要だと述べた。この発言は、ソーシャルメディアと報道を通じて強い批判を浴びた。

同年7月、歌手のグラン・コール・マラード(Grand Corps Malade)が共作し歌唱する楽曲「Des Gens beaux」が発表された。楽曲は、ジャーナリストのインタビューの一部を引用し、その声を本人の許諾なく、曲全体161秒のうち33秒にわたって再生する。冒頭・中間・終盤でジャーナリストの意見を流し、容姿が「美しい人たち」の型に当てはまらなかった往年の歌手たちに触れながら、その考えを批判する構成である。判決は、楽曲を、ジャーナリストと歌手との架空の対話であり、強い批判を浴びた発言への芸術的な応答であるとした控訴院の認定を引いている。

ジャーナリストは、制作会社とレコード会社を相手に、声の再利用による損害の賠償と、今後の録音物・ミュージックビデオからの声の削除を求めた。歌手本人も訴訟に参加した。ジャーナリストは、著作権と実演家の権利に基づく請求もしたが、これは第一審と控訴院のいずれでも退けられている。評釈によれば、第一審のパリ司法裁判所は、声に基づく請求も退けた。これに対しパリ控訴院(2025年10月17日判決)は、声の再利用はジャーナリストの声の権利を侵害し違法であるとして、慰謝料1万ユーロの支払と、今後の録音物・ミュージックビデオからの声の削除(1日500ユーロの間接強制付き)を命じた。

歌手と制作会社が上告し、レコード会社も附帯上告をした。

3 判旨

(1)声は人格の主要な属性であり、肖像と同じ条件で保護される

上告人らは、公の場で意図的に述べられた発言とその声を、歪めることなく、商業的な利益を得ずに芸術目的で用いることは、創作の自由により許されると主張した。レコード会社は、民法典9条が保護するのは私生活に限られ、声の再利用が私生活の侵害に当たらない限り、同条による声の保護は受けられないと主張した。

破毀院は、いずれの主張も退けた。判決はまず、欧州人権裁判所の判例を引き、肖像は人格の主要な属性の一つであり、肖像の保護は、本人が自己の肖像を統制し、その撮影・保存・複製に反対する権利を含むとする(判決11項)。そして、肖像の権利はその撮影・保存・複製・利用に及び、侵害を認定するだけで損害の賠償を求めることができるとした自らの判例(破毀院第一民事部2021年6月2日判決、n° 20-13.753)を確認したうえで(12項)、次のように述べた。

「肖像と同様に、人の声は、その人格の主要な属性の一つである。したがって、声は、それ自体として、かつ人の肖像と同じ条件で保護されなければならない。」(13項。原文 « A l’instar de son image, la voix d’une personne est l’un des attributs principaux de sa personnalité. Elle doit donc être protégée en tant que telle et dans les mêmes conditions que l’image de la personne. »)

続けて破毀院は、民法典9条1項と欧州人権条約8条が保障する私生活の尊重を受ける権利は、肖像の尊重を受ける権利に加えて、人の声の尊重を受ける権利を含むとし、この権利を肖像と同じ条件で保障し、表現の自由と衡量することはできないとする上告理由を、誤りとした(14項)。

民法典9条1項は、「何人も、私生活を尊重される権利を有する。」(Chacun a droit au respect de sa vie privée.)と定める。同条は、フランスで肖像権の根拠とされてきた条文である。本判決により、声は、私生活の秘密に触れる場面に限らず、肖像と同じく、それ自体として保護される人格の属性となった。

(2)表現の自由との衡量

次に破毀院は、欧州人権裁判所の判例に従い、私生活及び肖像の尊重を受ける権利と表現の自由とは同一の規範的価値を有するから、裁判官はこれらの権利の間に均衡を求め、必要な場合には、最も正当な利益を最もよく保護する解決を優先させなければならないとした(17項)。衡量の要素として、判決は、公共の利益に関する議論への寄与、本人の知名度、報道の対象、本人の従前の言動、表現の内容・形式・反響、撮影の状況を挙げる(Couderc et Hachette Filipacchi Associés c. France, 欧州人権裁判所2015年11月10日大法廷判決)。

この方法は、声の権利と表現の自由が衝突する場合にも及ぶ(18項)。芸術的表現の自由が声の権利を侵害する場合には、裁判官は、これらの権利を衡量し、その事案の状況において最も正当と認められる権利を優先させなければならない(19項)。判決は、芸術的表現の自由が、それ自体価値をもち高い保護を受けるものであることも、欧州人権裁判所の判例を引いて確認している(8項)。

(3)公共の利益に関する議論 ‐ 指標は一つで足りる

判決は、公共の利益に関わる問題とは、公衆が正当に関心を寄せ、その注意を引き、又は強く懸念させる問題であり、強い論争を引き起こし得る問題や重要な社会的テーマに関わる問題もこれに当たるとする(17項)。

控訴院は、楽曲が強い批判を浴びた発言への芸術的な応答であることを認めながら、芸術家の容姿の問題は性差別や性暴力をめぐる社会的課題と同列には扱えず、公衆が関心を寄せ、ソーシャルメディアで強い反発が生じたというだけでは公共の利益に関する議論とはいえないとして、楽曲の寄与を否定していた。容姿は差別の事由となり得るが、売れる「美しい」歌手がいないことを嘆く発言は重要な社会問題に関わるものではなく、芸術家の容姿と成功の関係についての一つの意見にとどまる、というのである(20項)。

破毀院は、控訴院自身の認定によれば、芸術上の成功における容姿の役割をめぐる発言は強い論争を引き起こし、しかも重要な社会的テーマに関わるものであって、これらの基準のいずれか一方だけで公共の利益に関する議論の存在を基礎づけるに足りるとし、控訴院は自らの認定から法的な帰結を引き出さなかったとして、控訴院判決のうち、声の権利の侵害を認めた部分、慰謝料と削除を命じた部分等を破棄し、事件をパリ控訴院(構成を異にするもの)に差し戻した(21項・22項、主文)。著作権と実演家の権利に基づく請求を退けた部分は、破棄されずに残っている。

注意すべきは、破毀院が、本件で表現の自由が優越すると自ら判断したのではないことである。破毀院が示したのは、公共の利益に関する議論の存在を否定することはできないという点までであり、衡量そのものは、差戻し後の控訴院がやり直すことになる。

4 この判決の意味

第一に、声の権利の独立である。本件で用いられたのは、歌唱でも演技でもないインタビューの音声であり、著作権と実演家の権利に基づく請求は退けられている。それでも破毀院は、声そのものを人格の属性として、著作権とは別の根拠で保護した。声の保護を、声を職業とする者の権利としてではなく、万人の人格の問題として立てたということである。私生活の侵害がなければ保護されないとするレコード会社の主張を退けた点も重要である。声は、何を語ったかとは別に、誰の声であるかという点で保護される。

第二に、保護は絶対ではない。声の権利は、肖像権と同じく、表現の自由との衡量に服する。批評、風刺、時事の議論のために他人の声を用いる余地は、権利を認めたうえで、衡量の中に確保される。

第三に、衡量の基準の広さである。破毀院は、強い論争を引き起こしたことだけで公共の利益に関する議論に当たり得るとした。フランスの評釈には、これでは議論の主題ではなく反響の大きさが基準となり、発言を楽曲で取り上げて広めること自体が公共の利益を作り出してしまうのではないか、との批判もある。権利の承認と同時に、その限界の線をどこに引くかが、今後の争点となる。

5 日本法との比較

日本には、声を直接に保護する法律の規定はない。法務省の検討会が2026年8月7日に公表した取りまとめ報告書は、声を「人物識別情報であり、かつ、個人の人格の象徴」と位置づけ、声が、顧客吸引力を保護するパブリシティ権と、精神的価値を保護する肖像等をみだりに利用されない権利の、双方の対象となるとの整理を示した。東京地裁の2026年9月30日判決(令和7年(ワ)第70635号)も、人の声は人の肖像と同様に個人の人格の象徴であると述べ、声がパブリシティ権の保護対象に含まれるとの一般論を示している。

声を肖像と並べるという出発点は、日仏で一致している。違いは二つある。

第一に、根拠である。フランスでは、私生活の尊重を定める民法典9条1項と欧州人権条約8条という明文の根拠の上に、声の権利が置かれた。日本では、声の保護はなお判例法理と解釈指針に依っている。

第二に、判断の構造である。フランスでは、肖像と同じく、声の無断の複製それ自体が権利の侵害となることを前提に、表現の自由による正当化の有無を衡量で判断する。日本の肖像等をみだりに利用されない権利は、侵害の態様や目的等を総合考慮して、社会生活上受忍すべき限度を超えるかどうかで違法性を判断する。いずれも衡量であるが、権利を先に立てて例外を問うか、受忍限度の中ですべてを量るかという違いは、予測可能性と立証の負担に影響する。

6 生成AIとの関係

本件は、実在の録音をそのまま用いた事案であり、生成AIは関わっていない。しかし、破毀院が保護したのは、録音物でも実演でもなく、声そのものである。肖像の権利が撮影・保存・複製・利用に及ぶのと同じく声が保護されるのであれば、本人の声をAIで再現し、本人が発したことのない言葉を語らせる行為にも、同じ権利が及ぶと考えるのが自然である。フランスの評釈にも、本判決の射程が、ポッドキャストや音声アーカイブ、AIによるディープフェイクに及ぶことを指摘するものが多い。

同時に、衡量の枠組みは、生成AIの場面では別の働きをすると考えられる。本件で表現の自由が問題となったのは、批評の対象となった発言そのものを、批評のために引用したからである。本人の声を学習させて声を複製し、商品として販売する行為や、本人が言っていないことを本人の声で語らせる行為は、公共の利益に関する議論への寄与という観点からは、正当化の余地は乏しいであろう。権利を認め、正当化の範囲を衡量で画するという本判決の構造は、AIによる声の複製と、批評や風刺のための引用とを区別する道具にもなる。

7 二元構成の観点から

以下は、判決の紹介を離れた筆者の見方である。

本判決が扱ったのは、声の人格的な側面である。声を誰がどの範囲で使ってよいかを本人が統制する権利が、私生活の尊重を受ける権利の一部として認められた。他方、声の経済的な利用、すなわち許諾、譲渡、相続、死後の扱いについては、本判決は何も述べていない。

筆者の研究ノートNo.2(https://kai-law.jp/news/voice-rights/)では、各国の動きを、人格権の側から声に迫る型(中国、フランス)、著作権法の側から迫る型(デンマーク)、財産権の側から迫る型(韓国、米国)に分けて整理した。本判決は、人格権の側からの到達点を示すものである。筆者は、声について、譲渡できない人格的権利と、譲渡・許諾・相続のできる財産的権利とを、一つの法律の中に別個の権利として並べる構成を、法律の試案として公表している(研究ノートNo.1)(https://kai-law.jp/news/law-concerning-protection-of-voice-rights/)。本判決は、そのうち人格の側の権利が、私法の一般原則の中で現に認められ得ることを、最上級裁判所の判断として示した例として読むことができる。

8 結び

声を肖像と並ぶ人格の属性とし、その無断の複製を権利の侵害として捉え、そのうえで表現の自由との衡量によって限界を画する。本判決が示したこの順序は、声の保護を考えるうえで、日本にとっても参考になる。日本では、2026年に、法務省の解釈指針と東京地裁の判決によって、声が肖像と並ぶ保護の対象であることが確認された。次の課題は、その保護を条文に書き、権利の範囲と限界を予測できるものにすることである。差戻し後の控訴院の判断にも注目したい。

参照資料

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筆者について

伊藤海(いとう・かい)。弁護士(東京弁護士会)・弁理士。伊藤海法律事務所代表。エンターテインメント法・知的財産法を専門とし、声優・俳優等の実演家、芸能プロダクション、アニメ制作会社、VTuber、音楽業界、音声合成技術を扱う事業者の法務に携わる。2026年8月、法務省検討会報告書の公表に際し、共同通信配信の識者談話が北海道新聞・京都新聞等に掲載され、静岡放送SBSラジオ「IPPO」に出演。同年10月、経済産業省・不正競争防止小委員会の事務局に意見書を提出。「声格権の保護に関する法律」試案(2026年10月版)を起草し、骨子を公表している。

本稿は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に関する法的助言ではありません。外国法の内容は公表された判決及び評釈に基づく筆者の理解であり、同国の法律家による助言に代わるものではありません。声の利用に関する契約や無断利用への対応については、当事務所にご相談ください。

更新履歴 ‐ 2026年10月22日 公開。

公開日: 2026年10月22日カテゴリー:

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