研究ノート No.1

2026年10月11日

伊藤海法律事務所 弁護士・弁理士 伊藤 海

伊藤 海

この記事を書いた人:伊藤 海 弁護士/弁理士

弁護士/弁理士
東京弁護士会所属(登録番号:49989)
日本弁理士会所属(登録番号:21902)

取扱分野:企業法務、カルチャー・エンターテインメント法務、AI法務、ベンチャー・スタートアップ支援、知的財産権法

1 序論 ‐ 判例法が示した到達点と限界

2026年9月30日、東京地方裁判所は、声優が生成AIで自身の声を模倣したナレーション付き動画の削除を動画投稿サイトの運営会社に求めた事件で、「人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴である」とし、実演家の声等の無断使用が「専らその声の有する顧客吸引力の利用を目的とする」ときはパブリシティ権の侵害に当たるとの一般論を示した(東京地判令和8年9月30日・令和7年(ワ)第70635号。公表裁判例として初めての判断とみられる)。他方、同判決は、対象の投稿が口頭弁論終結時までに削除されていたことを理由に請求を棄却し、声の類似性、出所を偽る表示の効果、運営者の削除義務については判断を示さなかった。

この判決と、同年8月7日に公表された法務省の検討会取りまとめ報告書とを併せて読むと、現行法の到達点と限界が同時に見えてくる。到達点は、声が人格の象徴として、みだりに利用されない権利とパブリシティ権の双方の保護対象になるという整理である。他方で、限界は三つある。第一に、権利の譲渡性・相続性について報告書が「現時点で一致した見解を導き出すことは困難」とし、死後の保護を遺族の敬愛追慕の情による間接的な保護にとどめたこと。第二に、パブリシティ権の枠組みが顧客吸引力を前提とするため、顧客吸引力を持たない者の声が財産的保護の外に置かれること。第三に、営利目的によらないなりすましや捏造が、商用利用を軸とする判例法理では捕捉しにくいこと。投稿が削除されれば救済が終わるという判決の構造は、現行法の救済が事後的かつ一回的であることを示している。

さて、本ノートは、この三つの空白を埋める立法の試案として、私が起草している「声格権の保護に関する法律」試案(2026年10月版/今後の研究の進展に伴い適宜改訂)の骨子を公表するものである。全文と逐条の趣旨注は、関係機関における検討の進展に応じて改めて公表する。

2 立法の形 ‐ 二つの検討は二元構成の二つの半身

ところで、声の権利をめぐる立法の検討は、現在、二つの経路で動いている。経済産業省の産業構造審議会不正競争防止小委員会は、知的財産推進計画2026(2026年6月12日)が「ハードロー整備(不正競争防止法改正を含む)の必要性も含め引き続き議論を継続する」とした課題を2026年8月27日の資料で検討事項に掲げ、9月11日には法務省及び声優・実演家の業界団体等から聴取を行った。法務省は9月30日、不法行為法制の在り方に関する研究会を開始し、人格権の一般的な保護規定の要否や死後の人格権侵害への対応を検討事項に含めている。

試案の立場は、この二つの検討を対立ではなく分担として捉えることにある。不正競争防止法の改正は、営業上の利益を保護する行為規制として、声の財産的側面のうち市場における無断利用の規律を担い得る。人格権の一般規定は、有名無名を問わない人格的利益の保護に道を開く。しかしながら、前者は権利を創設して譲渡・相続・存続期間を定めるものではなく、後者は声の財産的側面の帰属と承継を定めるものではない。試案は、譲渡できない人格的権利(音声同一性保持権)と、譲渡・相続のできる財産的権利(音声利用権)とを二要素として並立結合させる独立法を置き、これを不正競争防止法の改正と組み合わせる建付けを採る。二つの検討は、この二元構成の二つの半身にほかならない。

この建付けは、実演家の側から示されている二方向の要望を両立させる。本人が自ら直接に権利を行使したいという要望は、一身専属の音声同一性保持権によって、事務所や事業者が声の利用を取引の対象として管理したいという要望は、譲渡・許諾のできる音声利用権によって、それぞれ満たされる。一つの権利の内部で両者を同時に満たそうとすれば、譲渡を認めれば本人が自己の声を使えなくなり、認めなければ市場の基盤が細るという板挟みに陥る。かくして、試案が採用する権利を二つに分かつ立法論は、この板挟みを解く方法である。

3 試案(2026年10月版)の骨子

本則は第1条から第21条まで(枝番の3条を含めて24か条)、附則は6項からなる。総則(1条~3条)、音声同一性保持権(4条~6条)、音声利用権(7条~11条)、権利の制限(12条~15条)、侵害に対する救済(16条~20条)、雑則(21条)の六章で構成する。要点は次の七点である(条文の文言そのものではない)。

(1)二要素と著名性不要 ‐ 何人も、その音声について、譲渡できない音声同一性保持権と、譲渡・相続のできる音声利用権(総称して声格権)を有し、その享有に知名度その他の社会的評価を要しない(3条)。

(2)客体と「生成」‐ 本人を識別できる声を客体とし、人工的に生成された特定音声生成物と、学習用データセット・学習済みモデル等の音声生成資料等を定義に取り込む。「利用」には、録音・複製・公衆送信に加えて、特定音声生成物の生成と音声生成資料等の作成を含める。発話の内容そのものは保護の客体としない(2条・7条)。

(3)音声同一性保持権 ‐ 意に反する改変・歪曲、意に反する生成・誤認惹起利用、名誉・声望を害する利用(加重類型)の三類型を防御し、一身専属・永続・時効不消滅とする(4条・5条)。人格の核心に係る事前の不行使合意・包括同意は無効とし、核心外の合意・同意には利用の態様・範囲・期間の特定を求め、将来に向かって撤回できるものとする。音声利用権の譲渡・許諾は同権に影響せず、改変・生成には本人の同意を要する(5条の2・5条の3)。

(4)死後の保護 ‐ 本人の死後も、本人が生存しているとしたならば侵害となるべき行為を禁じ、本人が遺言又は死後事務委任契約で指定した者(法人を含む)、指定がないときは遺族が、差止め・予防・名誉回復措置(生成物・学習済みモデルの廃棄を含む)と慰謝料相当額の支払を請求できる(6条)。

(5)音声利用権 ‐ 全部又は一部の譲渡と相続を認め、生存者の譲渡・許諾は書面と利用の範囲・期間の定めを効力要件とし、本人の死後70年(50年案を併記)で消滅する。未成年者の音声利用権は譲渡できず、生成系の許諾には15歳以上の本人の同意を要し、成年到達後1年の解除権を認める(8条・8条の2・9条)。

(6)制限・例外と救済 ‐ 誤認のおそれのない声帯模写・ものまね・パロディ、報道・批評・研究等、付随的利用、表現の自由(誤認惹起型の生成を除く)を権利の外に置く(12条~15条)。差止めと廃棄(学習済みモデルを含む)、みなし侵害(特化データセットの頒布、特定人の声を生成できることを示すサービスの提供)、利用料相当額の損害額、名誉回復措置、送信防止措置・発信者情報開示への接続を定める(16条~20条)。

(7)適用範囲と経過措置 ‐ 何人の音声にも適用し(条約に別段の定めがある場合を除く)、施行前の契約には要式を遡及させず、既存の譲渡・帰属条項は独占的な利用許諾として扱い、施行後3年を目途に登録制度・期間の上限・送信防止措置の実効化を検討する(21条・附則)。

4 試案が埋める三つの空白

第一に、譲渡・相続・死後の保護である。音声利用権は譲渡・相続され、本人の死後70年存続する。音声同一性保持権は本人から離れず、死後も禁止規範と行使主体の制度によって保護される。報告書が死後の保護を検討する上での「一つの参考」とした著作権法60条・116条の建付けを、声について実装するものである。第二に、顧客吸引力を持たない者の声である。3条2項が知名度を要件としないことを明文化し、無名の実演家・一般人の声に、人格的保護だけでなく財産的保護の基盤を与える。第三に、営利目的によらないなりすまし・捏造である。4条の音声同一性保持権は商用利用を要件とせず、15条ただし書は、政治的文脈であっても誤認を惹起する生成を保護の外に置かない。削除されれば救済が終わるという構造に対しては、16条の生成資料等の廃棄請求と18条の損害額の規定が応答する。

5 反対説と残された課題

新たな権利の創設に対しては、権利の増殖を懸念する見解がある。これに対しては、報告書自身が譲渡性・相続性について解釈の限界を認めたこと、及び一般人3,104名と実演家等600名を対象とする近時の調査において、一般人の声を保護する権利を認めるべきとの回答が双方で半数を超え、否定的な見解は1割に満たなかったこと(荒岡草馬=安藤和宏=原口和徳・パテント79巻8号103頁)が、立法事実として応答する。表現の萎縮に対しては12条から15条までの制限が応答するが、ものまね・パロディの「誤認させるおそれ」や13条の「正当な範囲」の判断は、なお裁判例の蓄積に委ねられよう。一つの権利で足りるとの見解に対しては、譲渡を認めれば本人保護が、認めなければ取引の基盤が損なわれる板挟みは、権利の分属によってしか解けないことを指摘したい。不正競争防止法の改正で足りるとの見解に対しては、行為規制は権利の帰属・譲渡・相続・存続期間を定めず、顧客吸引力を持たない者の声や非営利のなりすましに及びにくいことを指摘する。最後に、執行の実効性である。20条は既存法制への接続にとどまり、削除義務の実効化は附則の検討条項に委ねている。この点は、試案の弱点として率直に認めておく。

試案は、二つの検討の進展に応じて改訂する。ご意見をいただければ幸いである。

出典

・東京地判令和8年9月30日(令和7年(ワ)第70635号)判決全文 ‐ https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-97097.pdf

・法務省・肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会「取りまとめ報告書―生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針―」(2026年8月7日公表)‐ https://www.moj.go.jp/content/001468288.pdf (公表ページ https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00778.html)

・法務省「不法行為法制の在り方に関する研究会」(第1回・2026年9月30日)‐ https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00417.html

・経済産業省知的財産政策室「不正競争防止小委員会の検討事項について」(産業構造審議会知的財産分科会不正競争防止小委員会・2026年8月27日・資料3)、知的財産推進計画2026(2026年6月12日知的財産戦略本部決定)

・荒岡草馬=安藤和宏=原口和徳「声の保護のための複合的アプローチに関する一考察」パテント79巻8号(2026年8月)93~109頁

・伊藤海「津田健次郎AI音声訴訟の判決解説」(2026年10月1日)‐ https://kai-law.jp/news/kenjiro-tsuda/ 、同「声格権(音声人格権)とは」‐ https://kai-law.jp/voice-personality-rights/

以 上

引用の際は、伊藤海「研究ノートNo.1 ‐ 「声格権の保護に関する法律」試案(2026年10月版)の骨子」(2026年10月11日、伊藤海法律事務所 https://kai-law.jp/ )と表示してください。

公開日: 2026年10月11日カテゴリー:

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