環境経営への取り組みが重視されており、カーボンクレジットに取り組む企業も増加傾向です。
カーボンクレジットのビジネスモデルは、どのようになっているのでしょうか?また、実際に企業が行ったカーボンクレジットに関する取り組みには、どのようなものがあるでしょうか?
今回は、カーボンクレジットのビジネスモデルについて、弁護士が詳しく解説します。
カーボンクレジットとは
カーボンクレジットとは、企業などが排出するCO2などの温室効果ガスの排出削減量をクレジット(排出権)化し、これを主に企業間で売買する仕組みです。
一定以上の温室効果ガスを排出する事業者には、CO2の排出量を削減する義務が課されています。しかし、企業が省エネルギー機器の導入などの努力をしても、規定の削減量に達しないことがあります。
その際は、他社が発行したクレジット(排出権)を購入することで、購入したクレジット分だけ削減したとみなすことが可能です。カーボンクレジットは欧米企業を中心として増加傾向にあり、活発に利用されています。
なお、カーボンクレジットに関する用語でしばしば登場する「カーボン・オフセット」とは、排出量の削減ができなかった温室効果ガスについて、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資することなどにより、排出される温室効果ガスを埋め合わせるという考え方です。
参照元:J-クレジット制度及びカーボン・オフセットについて(環境省)
カーボンクレジットの主な種類
カーボンクレジットには、さまざまな取引制度が設けられています。ここでは、カーボンクレジットの主な種類とそれぞれの制度の仕組みについて概要を紹介します。
- CDM(クリーン開発メカニズム)
- JCM(二国間クレジット制度)
- J-クレジット
- 地方自治体による独自制度
- 民間事業者による制度
CDM(クリーン開発メカニズム)
CDM(Clean Development Mechanism、クリーン開発メカニズム)とは、先進国が投資国として関与し、温室効果ガス排出量の上限が設定されていない途上国において排出削減プロジェクトを実施し、その結果生じた排出削減量に基づいて認定排出削減量(クレジット)が発行される仕組みです。投資国である先進国にとっては、CERが移転されることで、その国の総排出枠が増えることがメリットです。
一方で、ホスト国である途上国側にとっては、事業への投資や技術の移転が受けられることなどがメリットとなります。
なお、DCMでは排出量の削減が「そのCDMがなかった場合には起こり得なかった」ことを証明しなければなりません。また、ODA資金の流用をしていないことなども、要件として求められます。
JCM(二国間クレジット制度)
JCM(Joint Crediting Mechanism、二国間クレジット制度)とは、途上国などへの優れた脱炭素技術等の普及や対策実施を通じて実現した温室効果ガスの排出削減や吸収に関する日本の貢献を、定量的に評価する制度です。温室効果ガスの削減は地球規模での問題であり、日本を含む各国は排出量の削減に取り組むことが求められます。
日本は、野心的な目標として、2030年度において、温室効果ガス46%削減(2013年度比)を目指すことや、さらに50%の高みに向けて挑戦を続けることを表明しています。二国間クレジット制度は定量的に評価された日本の貢献を、このNDC(国が決定する貢献)の達成に活用する制度です。
また、民間企業によるJCM(二国間クレジット制度)プロジェクト開発を支援することを目的として、経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、プロジェクトの実施に係る資金支援事業を実施しています。
参照元:
J-クレジット
J-クレジットとは、省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2等の排出削減量や、適切な森林管理によるCO2等の吸収量を、「クレジット」として国が認証する制度です。この制度によって創出されたクレジットは、経団連カーボンニュートラル行動計画の目標達成やカーボン・オフセットなど、さまざまな用途に活用できるとされています。
J-クレジットの公式ホームページでは、創出者側のメリットとして次のものが挙げられています。
- ランニングコストの低減:省エネ設備の導入や再生可能エネルギーの活用によりランニングコストの低減が図れる
- クレジット売却益:設備投資の一部を、クレジットの売却益によって補える
- 地球温暖化対策への取り組みに対するPR効果:温暖化対策に積極的な企業、団体としてPRすることができる
- 新たなネットワークの構築:創出したクレジットが地元に縁の深い企業や地方公共団体に利用されるなど、新しいネットワークの構築につながる
- 組織内の意識改革・社内教育:メンバーの取組み意欲向上や意識改革につながる
一方、J-クレジット購入者側の主なメリットは、次のとおりです。
- 環境貢献企業としてのPR効果:日本各地の森林保全活動や中小企業等の省エネ活動を後押しできる
- 企業評価の向上:クレジット購入をPRすることで企業評価の向上につながる
- 製品・サービスの差別化:製品やサービスに係るCO2排出量をオフセットすることで、差別化やブランディングに利用できる
- ビジネス機会獲得・ネットワーク構築:クレジット購入を通して構築された新たなネットワークを活用し、ビジネス機会の獲得や新たなビジネスモデルの創出につながりやすくなる
地方自治体による独自制度
地方自治体(都道府県)によっては、独自のカーボンクレジット制度を設けていることがあります。後ほど解説しますが、たとえば、東京都では「キャップ&トレード方式」を採用しており、各事業所が「削減義務量」を超えて削減した分を、クレジットとして取引できる仕組みを構築しています。
ほかに、埼玉県や滋賀県(びわ湖カーボンクレジット)、京都府(京-VER)などでも、独自のカーボンクレジット制度を設けています。事業所のある都道府県に独自の制度がないか、確認しておくとよいでしょう。
参照元:排出量取引(東京都環境局)
民間事業者による制度
民間企業やNGO、NPOなどが独自で設けたカーボンクレジット制度も存在します。
中でも代表的なものは、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合が創設した「Jブルークレジット」です。これは、パリ協定の発効に伴い、いわゆるブルーカーボン生態系のCO2吸収源としての役割や、その他の沿岸域・海洋における気候変動緩和と気候変動適応へ向けた取り組みを加速すべく新たに創設された制度です。
ブルーカーボンとは、藻場や浅場などの海洋生態系に取り込まれた炭素を指します。
カーボンクレジット2つのビジネスモデル
カーボンクレジット取引のビジネスモデルには、主に2つのビジネスモデルがあります。ここでは、それぞれの概要について解説します。
ベースライン&クレジット制度
ベースライン&クレジット制度とは、温室効果ガスの「削減量」を取引する制度です。温室効果ガスの排出量がより少ない設備へ買い替えた際など、設備の交換によって削減できた排出量がクレジットとなります。
また、植林や森林の管理など温室効果ガスの吸収によっても、クレジットの創出が可能です。排出量の削減や吸収量の増加を行った企業がクレジットの創出によって利益を得られることから、企業にとって排出量削減などの動機付けとなりやすくなります。
キャップ&トレード制度
キャップ&トレード制度とは、温室効果ガスの「排出権」を取引する制度です。一定以上の規模の事業所には、温室効果ガスの排出可能量が定められています。
しかし、自社の取り組みだけでは、自社に定められた排出可能量を超えてしまうこともあるでしょう。そのような場合に、自社での対策によっては削減することができない分を、排出量の余裕のある他の企業からクレジットとして購入する仕組みです。
カーボンクレジットに取り組む企業のメリット
カーボンクレジットに取り組む企業には、どのようなメリットがあるのでしょうか?ここでは、主なメリットを3つ解説します。
- 新しいビジネスチャンスとなる
- 対外的にアピールできる
- 排出目標を達成できる
新しいビジネスチャンスとなる
1つ目は、企業にとって新たなビジネスチャンスとなり得ることです。
クレジットの創出企業は、クレジットを売却することによって資金を得ることができます。カーボンクレジットによって得た資金は本業への投資に充てることもできますが、さらなる温室効果ガス削減のための設備投資の原資とすることも可能です。
対外的にアピールできる
2つ目は、環境経営に取り組む企業であることを対外的にアピールできることです。
企業は、単に「儲かれば良い」ということではありません。昨今、環境や社会に優しいサステナブルな経営に取り組んでいるかどうかも、一般消費者や投資家が重視するポイントとなっています。
そこで、温室効果ガスを大きく削減しクレジットを創出することで企業イメージが向上するほか、融資や出資、補助金の獲得などにおいても有利となりやすくなります。
排出目標を達成できる
3つ目は、カーボンクレジットを購入することで、排出目標を達成しやすくなることです。
企業が努力をしても、あらかじめ課された排出量削減目標に達しない場合もあるでしょう。その際にカーボンクレジットを購入することで、排出目標を削減したとみなされることとなります。
ただし、「排出量が削減できなくても、お金で解決すれば良い」との企業体制が見えると、顧客や投資家が離れてしまいかねません。そのため、自助努力を行うことは大前提であり、それでも削減が難しい分をクレジットに頼るとよいでしょう。
カーボンクレジットに取り組む企業のデメリット
カーボンクレジットに取り組むことには、デメリットもあります。ここでは、カーボンクレジットに関する主なデメリットや注意点を3つ解説します。
- クレジット価格の決め方が曖昧
- 適切な制度が見つけづらい
- 削減量の算定方法やモニタリング方法が確立されていない
クレジット価格の決め方が曖昧
1つ目は、クレジット価格の決め方が曖昧であり、クレジット販売による利益の額が予想しづらいことです。
カーボンクレジットは、相対取引です。そのため、市場での需要が高まれば価格が上昇し、需要が低くなれば下落する傾向にあります。また、株式市場などと比較して市場規模が小さいことから、価格決定に関する情報であっても、開示される情報が限定的です。
適切な制度が見つけづらい
2つ目は、自社に合った制度を見つけづらいことです。
カーボンクレジットの仕組みは複雑であるうえ、先ほど紹介したとおり取引の制度も乱立しています。そのため、自社がどの枠組みの中でカーボンクレジットに取り組むのかを判断することが難しく、二の足を踏んでしまいやすいでしょう。
削減量の算定方法やモニタリング方法が確立されていない
3つ目は、CO2削減量の算定方法やモニタリング方法が確立されているとは言い難い点です。
特に、企業が所有する森林の有効活用などによる排出量削減については、算定方法やモニタリング方法が確立されていないようです。費用対効果の算定がしづらく、企業にとって投資がしづらくなる可能性があります。
カーボンクレジットをビジネスに取り入れた主な事例
企業は、カーボンクレジットについて具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか?最後に、カーボンクレジットをビジネスに取り入れた主な事例を4つ紹介します。
住友林業とIHIの事例
森林の管理技術や熱帯泥炭地の管理技術、地上測定データの蓄積などが強みである住友林業株式会社と、長年の宇宙開発で培った人工衛星データの利用技術や、気象観測・予測技術が強みである株式会社IHIが、「森林管理コンサルティング事業」と「自然資本の価値を最大化する持続可能なビジネスの開発」に向けた業務提携契約を締結した事例です。
植物の遺骸が水中で分解されずに堆積して出来た土壌である「熱帯泥炭地」を適切に管理し、森林や土壌における炭素蓄積量など、自然資本の価値を適切に評価することによる質の高い炭素クレジットの創出や販売を行うこととしています。
参照元:住友林業とIHI、「熱帯泥炭地コンサルティング」と「質の高い炭素クレジット」 の事業化に向けて提携(住友林業)
滋賀銀行と滋賀県造林公社の事例
株式会社滋賀銀行と一般社団法人滋賀県造林公社が、「びわ湖カーボンクレジット」パートナー協定を締結した事例です。
「びわ湖カーボンクレジット」とは先ほど紹介したJ-クレジット制度を活用し、省エネや再エネの取り組みによるCO2などの温室効果ガスの削減量および森林の適切な管理により生み出された吸収量にかかる滋賀県産のクレジットです。
寄付スキームである「未来よし+(プラス)」対象商品の取扱実績に応じて、クレジットを購入し、地域の脱炭素の取り組みや森林保全、生物多様性保全などに貢献するとしています。
参照元:滋賀県造林公社と「びわ湖カーボンクレジット」パートナー協定を締結(滋賀銀行)
出光興産株式会社の事例
石油元売り大手である出光興産株式会社が、燃料油にボランタリーカーボンクレジットを付与した「出光カーボンオフセットfuel」を発売している事例です。ボランタリーカーボンクレジットとは、民間セクターやNGOなどによって発行されるカーボンクレジットです。
燃料油を使用する際に排出されるCO2をボランタリークレジットによりオフセットすることで、燃料油を使用する需要家の脱炭素への取り組みや企業価値向上を支援しています。
参照元:出光カーボンオフセットfuel販売開始について 需要家の脱炭素への取り組み・企業価値向上を支援(出光興産)
Neutralと独証券会社DLT Financeの事例
トークン化取引プロジェクトのNeutralとドイツの証券会社であるDLT Financeが、カーボンクレジットのためのブロックチェーンベースのプラットフォームを構築した事例です。
カーボンクレジットの取引にブロックチェーンを活用する取り組みはこれまでも存在しました。しかし、カーボンクレジット向けに規制された取引プラットフォームは、このプロジェクトが初めてとのことです。
参照元:ブロックチェーンベースのカーボンクレジット取引所、ドイツに登場(CoinDesk JAPAN)
まとめ
カーボンクレジットのビジネスモデルについて解説するとともに、カーボンクレジットに取り組む企業の事例についても解説しました。
脱炭素化へ向けた要請は世界中で加速しており、カーボンクレジットの取引市場も整備されつつあります。企業は、自社の排出量をモニタリングしたうえで、カーボンクレジットをビジネスに取り入れることを検討すると良いでしょう。
とはいえ、何から始めて良いかわからない事業者様も少なくないことと思います。その際は、カーボンクレジットに詳しい弁護士へご相談ください。
伊藤海法律事務所では、企業が取り組むカーボンクレジットへの取り組みやビジネスモデルの構築支援に力を入れています。カーボンクレジットのビジネスモデルをご検討の際などには、伊藤海法律事務所までお気軽にご相談ください。