環境経営に取り組む企業が増加しており、カーボンクレジットに関心を持つ層が増えています。2023年10月に東京証券取引所にカーボンクレジット市場が開設されたことも、今後の取引市場の活性化につながるでしょう。

カーボンクレジットの市場が期待されていることには、どのような背景があるのでしょうか?また、金融商品として見た場合のカーボンクレジットにはどのような特徴があるのでしょうか?今回は、金融商品としてのカーボンクレジットについて弁護士が詳しく解説します。

カーボンクレジットとは

カーボンクレジットとは、企業などが排出する温室効果ガスの「排出削減量」をクレジット(排出権)化し、これを企業間で売買する仕組みです。

温室効果ガスを一定量以上排出する事業者には排出量削減の義務が課されていますが、企業が自社だけで努力をしても、規定された削減量に達しないことがあります。そこで、他社が創出したクレジット(排出権)を購入することで、購入したクレジットを削減量に充てることが可能となります。これを「カーボンオフセット」といいます。

一方、規定以上に多くの温室効果ガス排出量が削減できて排出権が余った事業者は、これをクレジット化することで収益を得ることが可能です。

カーボンクレジットにはさまざまな種類が存在し、主要なものとしては、次のものが挙げられます。

  • 国際的なカーボンクレジット
    • CDM(クリーン開発メカニズム):先進国が途上国の排出量削減を支援することで、削減した排出量を先進国が自国の削減排出量として計上できる仕組み
    • JCM(二国間クレジット制度):途上国と協力して温室効果ガスの排出量削減に取り組み、削減量を支援国と支援を受けた途上国の2国間で分け合う仕組み
  • 日本国内のカーボンクレジット
    • J-クレジット:温室効果ガスの排出量削減や森林管理など吸収量増加につながる取り組みを、国がクレジット認証する制度
    • 地域版J-クレジット制度:地方時自体が独自に運営するJ-クレジット制度
  • 民間のカーボンクレジット(「ボランタリークレジット」といいます)
    • GS:環境NGO団体が設立したボランタリークレジットの認証基準
    • VCS:国際的に広く使用されているボランタリークレジットの認証基準
    • Jブルークレジット:ブルーカーボン(海洋生態系が吸収する炭素)に限定して認証する制度

カーボンクレジットは金融商品に該当する?

カーボンクレジットはすべてが金融商品に該当するわけではないものの、一定の要件を満たすことで、金融商品に該当する可能性があります。カーボンクレジットが金融商品に該当する要件は、売買が可能であることや価値の保存と伝達が可能であることなどです。

ただし、あるカーボンクレジットが金融商品に該当するかどうかは最終的には個別判断となり、自社で判断することは容易ではありません。また、J-クレジットについては、J-クレジットの公式ホームページにより、金融商品取引法上の有価証券や金融商品には該当しないことが明記されています。

自社が取り扱おうとするカーボンクレジットが金融商品に該当するか否かの判断に迷う場合は、あらかじめ弁護士へご相談ください。

参照元:よくあるご質問(J-クレジット制度)

金融商品として見たカーボンクレジットの性質

カーボンクレジットを金融商品として見た場合、どのような性質を有するのでしょうか?ここでは、カーボンクレジットの金融商品としての主な性質と特徴を3つ紹介します。

  • 取引所の整備が進み取引の環境が整いつつある
  • 金融機関での取り扱いが可能かどうかは性質による個別判断
  • 投資対象としてのリスクは高い傾向にある

取引所の整備が進み取引の環境が整いつつある

カーボンクレジットを売買しようにも、取引市場が整備されていなければ、一般投資家が実際に取引することは困難でしょう。この点については、2023年10月、東京証券取引所においてカーボンクレジット市場が開設され、売買が開始されています。

取引市場が開設されたことで、カーボンクレジットの取引が今後ますます活発となることが予想されます。

参照元:カーボン・クレジット市場の開設と売買開始について(JPX)

金融機関での取り扱いが可能かどうかは性質による個別判断

金融機関は、どのような業務であっても行えるわけではありません。なぜなら、銀行法10条により、銀行が営むことができる業務が限定的に定められているためです。

そのため、カーボンクレジットがこの銀行法10条によって取り扱いが認められた商品に該当するか否かによって、銀行がカーボンクレジットを取り扱えるかどうかが異なることとなります。

これについて、2023年12月に金融庁が公表したQ&Aにより、カーボンクレジットのうちJ-クレジットやJCMクレジットは銀行法10条2項14号に規定された「その他これに類似するもの」に該当し、金融機関等による取り扱いが可能であると明示されました。一方で、その他のカーボンクレジットについては、その性質に応じて個別に判断することとされています。

参照元:カーボン・クレジットの取扱いに関するQ&A(金融庁)

投資対象としてのリスクは高い傾向にある

カーボンクレジットの価値は相対的に決まるものであるうえ、上場株式などと比較して取引総量が多いものではありません。そのため、価格の変動が大きく、金融商品としてはリスクが高い傾向にあるでしょう。カーボンクレジットを金融商品として取引する際は、この点を十分に理解しておくことが必要です。

金融商品としてのカーボンクレジットの主な価格変動要因

金融商品としてのカーボンクレジットは、どのような要因で価格が変動するのでしょうか?ここでは、カーボンクレジットに価格が変動する主な要因を3つ紹介します。

  • 環境規制の変更
  • 市場の需給バランス
  • プロジェクトの信頼性

環境規制の変更

1つ目は、環境規制や国際的な取り決めの変更です。

環境規制や国際的な取り決めは永続的なものではなく、変更される可能性があります。これらが変更されれば、カーボンクレジットの需給バランスに影響が及び、価格が変動する要因となり得ます。

市場の需給バランス

2つ目は、市場の需給バランスです。

カーボンクレジットは、需要と供給のバランスによって価格が形成されます。そのため、ある事情によってカーボンクレジットの供給量が増えた場合は価格が下落する可能性がある一方で、需要が上昇すれば価格が上昇する可能性が高くなります。

プロジェクトの信頼性

3つ目は、プロジェクトの信頼性です。

ある企業などが排出量を大きく引き下げるプロジェクトや、森林植林など温室効果ガスを大きく吸収する(減らす)プロジェクトを立ち上げると公表した場合、これによりカーボンクレジットの価格が変動する可能性があります。また、この場合の変動は、そのプロジェクトの規模や信頼性にも影響されます。

金融商品としてのカーボンクレジット市場が期待される理由

金融商品としてのカーボンクレジット市場には、期待が高まっています。ここでは、カーボンクレジット市場が期待されている主な理由を4つ解説します。

  • 企業の環境目標達成への取り組みが進むと考えられるため
  • ESG投資が普及しているため
  • 取引環境が整いつつあるため
  • デジタル技術の発達により取引の透明化が進むため

企業の環境目標達成への取り組みが進むと考えられるため

環境目標(排出量削減)目標の達成が、温室効果ガスを一定以上排出する企業へ義務付けられています。この目標を達成できなかったからといって、罰則が適用されるわけではありません。

しかし、温室効果ガスの適切な削減は企業にとっての責務であるとの見方が強まっており、企業が脱炭素へ向けての取り組みを行わなかった場合は、企業イメージが大きく低下するおそれがあります。その結果、取引先から取引を打ち切られたり、投資家から敬遠されたりするおそれがあるでしょう。

また、環境意識の高い消費者が離れてしまったり、金融機関が融資に消極的になったりする可能性も否定できません。このような状況下では、企業が目標を達成するための取り組みが一層加速するでしょう。

その結果、排出量の削減が難しい企業はカーボンクレジットを購入することとなるため、カーボンクレジット市場がより活性化するものと思われます。

ESG投資が普及しているため

ESG投資とは、ESGは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)といった非財務情報をもとに投資先としての価値を測る投資です。つまり、企業の財務諸表から読み取れる「稼ぐ力」だけではなく、その企業の環境や社会(ダイバーシティなど)、ガバナンスなどへの取り組みも踏まえて、投資先を決めることを指します。

今や多くの投資家がESG投資に取り組んでおり、投資額が大きく世界の資本市場全体に広く分散して運用する投資家の代表格であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)なども、ESG投資に力を入れていることを公表しています。

ESG投資の判断材料となるのは、排出量だけではありません。しかし、排出量削減目標を達成さえしていない企業は、投資対象から外れてしまう可能性が高いでしょう。

このような機運の高まりからもカーボンクレジットの需要が高まり、金融商品としてのカーボンクレジット取引にも弾みが付くものと思われます。

参照元:ESG投資(年金積立金管理運用独立行政法人)

取引環境が整いつつあるため

カーボンクレジットを取引しようにも、市場がなければ取引することが困難です。しかし、先ほど解説したように東京証券取引所においてカーボンクレジット市場が開設されており、取引環境が整いつつあります。この点からも、カーボンクレジット市場は今後活性化していくことと考えられます。

デジタル技術の発達により取引の透明化が進むため

従来、カーボンクレジットは排出量をクレジット化する企業と排出権を得たい企業との相対取引が原則でした。そのため、価格が決定する要因が不透明であり、投資商品として不向きであった側面があります。

しかし、デジタル技術の発達によってこのようなリスクが解消されつつあり、これにより市場を底上げする効果が期待されています。

たとえば、ブロックチェーン技術を活用したカーボンクレジットの取引プラットフォームが開発されたことで、市場の透明性が向上しました。また、ビッグデータ分析や人工知能(AI)の活用によって、これまで難しかったカーボンクレジットの価格予測がしやすくなっています。

企業がカーボンクレジットビジネスに参入する際のポイント

企業がカーボンクレジットビジネスに参入する際は、どのような点に注意する必要があるのでしょうか?最後に、企業がカーボンクレジットビジネスに参入する際に知っておきたい主なポイントを3つ解説します。

  • 長期的な視点で検討する
  • 関連する法令や許認可を洗い出す
  • カーボンクレジットにまつわる法規制に詳しい弁護士へ相談する

長期的な視点で検討する

1つ目は、長期的な視点でビジネスを検討することです。

カーボンクレジットビジネスは、一朝一夕で利益が出る性質のものではありません。カーボンクレジットをビジネスに取り入れる際は、目先の利益の獲得を目指すのではなく、企業イメージの向上など、長期的なメリットを見据えて参入すると良いでしょう。

また、1社だけで取り組むのではなく、他社と協力して参入することも一つの方法だといえます。

関連する法令や許認可を洗い出す

2つ目は、行おうとするカーボンクレジットビジネスに関連する法令や、必要な許認可を漏れなく洗い出すことです。

先ほど解説したように、金融商品としてカーボンクレジットを取り扱う場合だけに限ったとしても、J-クレジットなど「その他これに類似するもの」に該当するものであれば銀行が取り扱うことが可能である一方で、その他のカーボンクレジットについては個別で確認しなければなりません。

このように、一口に「カーボンクレジット」といってもその性質はまちまちであり、実際にビジネスに取り入れる際は関連する法令や必要な許認可を個別に確認する必要があります。カーボンクレジットに関連する法令は非常に広範に渡り、主なものだけを挙げても、次のとおりです。

  • 民法
  • 地球温暖化対策の推進に関する法律
  • エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律(通称:省エネ法)
  • 銀行法
  • 金融商品取引業等に関する内閣府令
  • 不当景品類及び不当表示防止法(通称:景品表示法)
  • 特定商取引法
  • 消費者契約法

法令や許認可の洗い出しが漏れていると、ビジネスが走り出した後でビジネスモデルの転換を迫られたり、罰則の対象となったりするおそれがあります。

カーボンクレジットにまつわる法規制に詳しい弁護士へ相談する

3つ目は、カーボンクレジットにまつわる法規制に詳しい弁護士へ相談することです。

先ほど解説したように、カーボンクレジットをビジネスに取り入れる際は、法規制や許認可を調べておくべきです。しかし、これをすべて自分で調べることは容易ではないでしょう。

また、カーボンクレジットの法的性質についても疑義があり、担保権設定の可否や二重売買された場合の取り扱い、売主がクレジットを所定の期日までに引き渡さない場合の差し押さえの可否、倒産時の対応など、不明瞭な部分が少なくありません。そうであるからこそ、カーボンクレジットをビジネスで取り扱う際は、契約書などによりそのカーボンクレジットの法的性質を定義しておくステップが必要となります。

このように、カーボンクレジットの取り扱いには多くの注意点があります。そのため、企業がカーボンクレジットビジネスに参入しようとする際はカーボンクレジットに詳しい弁護士へ相談し、サポートを受けるようにしてください。

まとめ

金融商品としてのカーボンクレジットに焦点をあてて解説しました。

2023年10月には東京証券取引所で取引市場が開設されたこともあり、金融商品としてのカーボンクレジットは、今後ますます注目されていくことでしょう。また、ESG投資が着目されていることやデジタル技術の発展によって取引の透明化が進んでいること、企業の環境目標達成への取り組みが進むことなども、これを後押ししています。

しかし、カーボンクレジットの法的性質は未だ確立されているとは言い難く、カーボンクレジットを実際にビジネスに取り入れる際は、契約書などで法的性質を定義しなければなりません。

また、取り組もうとするビジネスの内容に応じて、関連する法令や必要な許認可を洗い出す作業も必要です。これらを自社だけで行うことは容易ではなく、実際にビジネスモデルを検討する際は、カーボンクレジットに詳しい弁護士へご相談ください。

伊藤海法律事務所ではカーボンクレジットビジネスへ参入する企業のサポートに力を入れており、日々最新情報の研究にあたっています。カーボンクレジットをビジネスに取り入れたい企業様や、金融機関としてのカーボンクレジットの取り扱いをご検討の企業様などは、伊藤海法律事務所までお気軽にご相談ください。