近年、ネットニュースやワイドショーなどでタレントの独立が取り上げられることが多くなっています。堺雅人さんや佐藤健さんなども、所属事務所からの独立を経て活躍を続けるタレントの一例です。

タレントの移籍や独立をめぐっては、円満に話が進むケースもあれば、前所属事務所との裁判に発展してしまうようなケースもあります。

タレントの独立や移籍は自由に認められるのでしょうか?今回は、タレントの独立や移籍について、法律の仕組みはどうなっているのかについて解説します。

タレント主導の独立や移籍には大きく分けて2類型ある

タレント自身の意思で独立したり、事務所を移籍したりするのには、大きく分けて次の2パターンがあります。

  • 事務所との契約が満了しているパターン
  • 契約期間中のパターン

期間満了による円満退社パターン

通常、事務所とタレントとの間では、マネジメント契約と呼ばれる契約が結ばれています。マネジメント契約には期間が定められるケースも多く、契約が更新されないと期間の満了によって終了します。

タレントが期間満了によって退社した場合、基本的に独立や移籍の判断はタレントが自由に決められます。特に、事務所とも揉めることなく円満退社となったパターンでは、独立や移籍について旧事務所から応援してもらえることも多いです。

アミューズに所属していた佐藤健さんは、独立して新事務所を立ち上げましたが、新事務所にはアミューズの出資を受けています。田辺エージェンシーに所属していた堺雅人さんも、22年末で旧事務所との契約が満了し、円満退社したとの報道がされています。

このとおり、芸能人と事務所との期間満了による円満退社のパターンでは、法律上の問題が取り上げられることはほとんどありません。

契約期間中の独立・移籍パターン

一方で、マネジメント契約の期間中にタレントが独立、移籍するパターンでは、旧事務所と揉めることも少なくありません。

そもそも、契約期間中に独立や移籍を決意するのは、タレントが事務所への不信感を抱き何らかのトラブルになっているケースがほとんどです。このパターンでは、旧事務所から応援されることはないでしょうし、揉め事が解決せずに訴訟問題にまで発展することもあります。

以前も紹介しましたが、タレントの独立をめぐる訴訟問題では、小倉優子さんのケースが有名です。小倉優子さんは、経営者が脱税で有罪判決を受けたり、自分の意思に沿わない仕事を請ける旧事務所に不信感を抱き、旧事務所との契約を一方的に解除しました。それに対して、旧事務所から1億円の損害賠償を求める裁判が起こされたのです。

裁判は小倉優子さんの勝訴に終わりましたが、タレントの独立、移籍についての法律問題を考えるうえでは重要な先例となっています。

タレントは契約期間中に自由に事務所を辞めることができる?

この後は、法律トラブルとなるケースが多い、契約期間中の独立、移籍のパターンについて深掘りしていきましょう。契約期間のある契約の場合、契約の一方的な破棄は認められないことが原則です(民法628条)。

(やむを得ない事由による雇用の解除)

第628条 当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。

参照:e-Gov法令検索

しかし、労働基準法附則137条では、期間の定めのある労働契約について、労働契約の締結から1年が経過した後は、労働者の意思でいつでも退職できると規定しています。

第137条 期間の定めのある労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き、その期間が一年を超えるものに限る。)を締結した労働者(第十四条第一項各号に規定する労働者を除く。)は、労働基準法の一部を改正する法律(平成十五年法律第百四号)附則第三条に規定する措置が講じられるまでの間、民法第六百二十八条の規定にかかわらず、当該労働契約の期間の初日から一年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。

参照:e-Gov法令検索

そこで、タレントが自由に事務所を辞めることができるかは、マネジメント契約がどのような法的性質を持つのかによって判断されます。

マネジメント契約の法的性質

タレントと所属事務所との間では、「マネジメント契約」「専属契約」などと題した契約が結ばれます。しかし、「マネジメント契約」や「専属契約」は、法律に規定された名称の契約ではありません。そのため、マネジメント契約の法的性質は、名称にかかわらず具体的な契約の内容で判断されます。

小倉優子さんの裁判では、小倉優子さんと旧所属事務所との専属契約について「雇用、準委任又は請負などと類似する側面を有するものの、そのいずれとも異なる非典型契約の一種というべきである。」と判断しました。

小倉優子さんのケースでは、専属契約は雇用契約とは異なる契約とされ、小倉さんは労働基準法が適用される「労働者」には当たらないと認定されました。しかし、具体的な契約内容によっては、タレントでも「労働者」と認定されるケースは考えられます。

タレントは「労働者」といえるか

労働基準法では、「労働者」の定義を次のとおり定めています。

(定義)

第9条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。

参照:e-Gov法令検索

つまり、タレントであっても、事務所の指揮命令の下に「使用され」、業務の対価として「賃金を支払われる者」といえる場合には、「労働者」に該当します。

タレントが「労働者」といえるかについては、昭和63年7月30日、労働省(現在の厚生労働省)による芸能タレント通達によって、具体的な判断基準が示されています。

芸能タレント通達の判断基準によると、次の4つの要件をすべて満たすタレントは、「労働者」には該当しません。

  1. 当人の提供する歌唱、演技等が基本的に他人によって代替できず、芸術性、人気等当人の個性が重要な要素となっていること。
  2. 当人に対する報酬は、稼働時間に応じて定められるものではないこと。
  3. リハーサル、出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあっても、プロダクション等との関係では時間的に拘束されることはないこと。
  4. 契約形態が雇用契約でないこと。

この基準では、勤務時間が決まっており、労働時間に対する固定収入とされているタレントは「労働者」となります。

タレントが「労働者」であると判断した事例として、セインカミュさんの裁判があります(東京地判平成19年3月27日)。この裁判では、次の理由から、セインカミュさんを「労働者」にほかならないと認定しました。

  • 事務所からの仕事依頼に対して諾否の自由がなかったこと
  • 業務の内容や遂行の仕方について一方的な指揮命令関係があったこと
  • 労働の対価として、定額の賃金を受け取っていたこと

タレントが「労働者」といえるか否かは、個々のケースで個別に判断されます。

タレントが「労働者」といえる場合

タレントが「労働者」といえる場合、労働基準法や労働契約法の規定が適用されます。その場合、最低賃金以上の賃金が保証され、時間外労働に対する残業代や休日手当も支払われます。

独立、移籍との関係でいえば、労働基準法附則137条による自由な退職が可能です。契約から1年を経過する前でも、民法628条によって、タレント側にやむを得ない事由があればマネジメント契約を解除できます。

タレントが「労働者」といえない場合には、タレント側からの一方的な解除は認められないのが原則です。ただし、タレントと事務所間の事情から、契約を維持するだけの信頼関係が破壊されているといえる場合には、信頼関係破壊の法理による解除が認められます。

小倉優子さんの裁判では、事務所の代表者が脱税事件で有罪判決を受けたなどの事情から、専属契約を維持するだけの信頼関係が破壊されているとして、小倉さんからの契約の解除を有効なものと認めました。

タレントからの一方的な解除が認められない場合

小倉優子さんのケースでは、事務所の代表者が脱税で有罪判決を受けるという特殊な事情がありました。

しかし、タレントが不信感を抱き事務所を辞めたいと考えていても、タレントが「労働者」とはいえず、マネジメント契約の信頼関係も最低限維持できているパターンでは、タレントからの一方的な解除は認められません。このケースでは、マネジメント契約の「合意解約」を目指して、事務所との交渉が必要となります。

事務所側が無条件での合意解約に応じない場合、タレント側としては一例ではありますが、次のような条件を提示して、独立、移籍を進めることになるでしょう。

  • 事務所に対して独立金や移籍金を支払う
  • 独立後、一定期間は収益の数パーセントを旧事務所にも配分する

具体的にどのような条件を提示するか、金額やパーセンテージをどのように設定するかは、個々のケースに応じた専門的な判断が必要です。タレント自身が交渉を進めるのは難しいので、経験豊富な弁護士に依頼して交渉を進めてください。

私見

ここまで、5回に分けてタレントとプロダクションをめぐる問題について解説しましたが、タレントがトラブルに巻き込まれやすい理由としては、大きく分けてという3点に集約されることがわかったと思います。

  • ①タレントの法的立場が非常に不安定である
  • ②タレントの権利が事務所にとられてしまう可能性がある
  • ③競業避止義務や中途解約の困難性から活動が制限される可能性がある

ではどうすればよいのでしょうか?

そもそも発想を転換すべき

私は「そもそも発想を転換すべき」と考えます。「どういうこと?」と思われたかと思いますので、順に説明します。

まず、日本において、タレントがプロダクションと比べ、極めて弱い立場にあるということは今までの連載で理解できたはずだと思います。要は、事務所がタレントや芸能人を下に見ているのです。我々は彼らを雇ってやっているのだと。この「雇う」という感覚を捨てるべきということです。

具体的にはどのようなことが考えられるのでしょうか?

モデルケースはアメリカに

アメリカはタレントの権利が強い。とにかく強い。事務所がタレントを「雇う」のではなく、「タレント」が事務所を「使う」という感覚が一般的です。

「使う」というとやや語弊があるので、もう少しかみ砕いて述べると、タレント自らが作ったチームに事務所も入っていき、その一員としてタレントのために事務所ができることをやって支える、というイメージです。

このように、あくまでもタレントが常に中心に置かれたチーム関係がある。マネジメント事務所に限らず、たとえばそのタレントがミュージシャンであれば、音楽出版社、レコード会社も、それぞれの立場でこのチームに一員として入ってくる。

そして、その全員がフラットな関係で業務提携する。中心にいるのは当然タレント。いつもタレント。タレント自身が、今後作り上げたい作品から逆算してチームをデザインしてるんですよね。こういう作品にしたいから、ここにはこのスタッフを、といった感じで。日本では全くありえない感覚です。

もちろん、アメリカにも芸能トラブルはあるし、アメリカのこの提携モデルも完璧ではない。ただ、タレントの置かれた法的立場は明確であるし、事務所がタレントを縛り付けるようなことはないので、①③といったトラブルは限りなく少ない。

残るは②権利問題ですが、これについては日本の旧来型のマネジメント契約をとろうとアメリカ型契約をとろうと、契約書を締結する段階で、契約終了時の(例えば)商標権の帰属については終了時に協議によって決する、と手当をしておくことが唯一の方法であると考えます。

たったこれだけかと思われるかもしれないが、たったこれだけの手当ができている事務所は実はほとんどないのです(敢えてしていないだけかもしれませんが)。

まとめ

以上をまとめますと、今の日本の芸能界において多いトラブルを極力回避するためには、この2点に尽きると考えます。

  • 極力アメリカ型のタレントを中心とした契約形態に寄せていき
  • 契約終了後の権利帰属については契約書締結段階で手当を行っておく(タレント側からすると交渉が必要な場合もありますが)

もっとも、アメリカと日本ではタレントビジネスの土壌がそもそも異なるので、アメリカ型をそのまま用いればよいわけではないのですが、この点は長くなるのでまた別の記事においてお伝えできればと思っています。

なお、当事務所では、このようなアメリカ型のタレント側に寄り添うマネジメント契約書作成のご相談に乗っております。

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