インターネット上での誹謗中傷が社会問題となっています。近年、芸能人や有名人などのみならず、YouTuberやVTuberが誹謗中傷の被害に遭うことも少なくありません。

VTuberが誹謗中傷に遭った場合、どのような法的措置が検討できるのでしょうか?その場合、法的措置が可能かどうかはどのような基準で判断されるのでしょうか?

今回は、VTuberが誹謗中傷された場合の法的措置などについて、誹謗中傷に詳しい弁護士がわかりやすく解説します。

VTuberとは

VTuberとは「バーチャルYouTuber」の略称であり、元々は2Dや3Dアバターをまとって活動するYouTuberを指すことばでした。ただし、近年アバターをまとって動画投稿や生配信などの活動をする人を、YouTube以外のプラットフォームで活動する人も含めてVTuberと呼ぶことが一般的です。

VTuberの誹謗中傷に対してとり得る法的措置

VTuberとして活動する中で、誹謗中傷の被害に遭う場合もあります。ここでは、VTuberが誹謗中傷の被害に遭った場合にとり得る主な法的措置を紹介します。

どのような法的措置がとれるのかは、事案によって異なります。また、たとえば刑事告訴と損賠賠償請求の両方の法的措置をとれる可能性が高くても、費用や時間との兼ね合いなどからいずれか一方の措置をとることとする場合もあるでしょう。

そのため、実際の誹謗中傷に対してどのような法的措置をとるのかは、弁護士へ相談したうえで件とすることをおすすめします。

刑事告訴

1つ目は、刑事告訴です。刑事告訴とは、捜査機関(警察や検察)に犯罪の事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示です。

誹謗中傷をした者が問われることの多い「名誉毀損罪」は親告罪とされており、被害者が刑事告訴をしないと、犯人を罪に問うことができません。そのため、誹謗中傷をした者に前科をつけたい場合は、刑事告訴をすることとなります。

刑事告訴が受理された後の流れ

刑事告訴が受理されると、その後は警察によって事件の捜査がなされ、必要に応じて被疑者(誹謗中傷コメントを投稿した者)が逮捕されます。その後は検察に身柄が送られ、検察でも事件の捜査がなされたうえで、「起訴」か「不起訴」かが決まります。起訴とは被疑者を刑事裁判にかけることです。

不起訴となった場合は罪が不問となり、この段階で事件が終了します。一方、起訴されて刑事裁判が開始されると、ここで有罪・無罪や具体的な量刑が決まります。

なお、刑事告訴をしたからといって、警察がすぐに捜査してくれるとは限りません。なぜなら、警察は人命にかかわる事件を多数取り扱っていることも多く、誹謗中傷に関する事件は優先順位が下がってしまいがちであるためです。

また、告訴後の捜査は原則として警察や検察に委ねられ、たとえ被害者であっても捜査機関に細かな指示を出すことなどはできません。

名誉毀損罪とは

誹謗中傷が該当することの多い罪は、名誉毀損罪です。名誉毀損罪とは、公然と事実を摘示し人の名誉を毀損した者が、その事実の有無にかかわらず該当する罪です(刑法230条)。名誉毀損罪が成立すると、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金の対象となります。

ここでいう「事実」とは、本当のことという意味ではなく、真実であるか虚偽であるかを問わず、相手の社会的地位を下げるような具体的な事項を指します。たとえば、「A氏は違法薬物をやっている」といった誹謗中傷がなされた場合、実際にA氏が違法薬物に手を出しているかどうかに関わらず名誉毀損罪に該当し得るということです。

ただし、次の3つのすべてに該当する場合は違法性が阻却され、例外的に名誉毀損罪は成立しません(同230条の2)。

  1. 公共の利害に関する事実に係るものであること
  2. 専ら公益を図るも目的であったこと
  3. 真実であることの証明があったこと

損害賠償請求

2つ目は、損害賠償請求です。損害賠償請求とは、誹謗中傷によって受けた被害や精神的苦痛を、金銭で支払うよう相手に対して求めることです。

損害賠償請求はいきなり裁判上で行うのではなく、まずは弁護士から相手に対して直接文書を送るなどして行うことが一般的です。この請求に対して相手が真摯な態度で誹謗中傷を謝罪し、被害者であるVTuberが納得できるだけの金銭を支払った場合は、この時点で事件が終結します。このように、裁判外で解決することを「示談」といいます。

一方、相手が不誠実な対応をする場合や請求に応じない場合などには、裁判上での損害賠償請求へと移行します。

開示請求

誹謗中傷をした相手に対して刑事告訴や損害賠償請求をするには、この前段階として発信者情報開示請求が必要となることがほとんどです。VTuberへの誹謗中傷は匿名で行われることが多く、投稿者が誰であるのかわからないことが大半であるためです。

誰であるかわからない相手に対して損害賠償請求や刑事告訴をするには、原則としてこれに先立って相手を特定しなければなりません。

誹謗中傷の投稿者を特定するには、次の2段階の手続きが必要となることが原則です。

  1. 誹謗中傷の舞台となったSNS(XやYouTubeなど)やインターネット掲示板(5ちゃんねるなど)からIPアドレスやタイムスタンプなどの情報の開示を受ける
  2. 投稿者が投稿に使ったアクセスプロバイダ(KDDIやNTTなど)から契約者の住所や氏名の情報の開示を受ける

しかし、SNSの運営者やアクセスプロバイダに直接開示を求めても、開示してもらえる可能性はほとんどありません。そのため、裁判手続きによって開示を求める必要があります。

なお、2022年10月1日に施行された改正プロバイダ制限責任法によって、発信者情報開示請求を円滑化できる新たな裁判手続きが創設されました。これにより、上記の「1」と「2」の手続きの一元化が可能となり、手続きにかかる期間が短縮されています。

VTuberへの誹謗中傷事例として代表的なものとしては、VTuberとして活動する「勇気ちひろ」さんが被害に遭った事例が挙げられます。これは、加害者がX(旧:Twitter)に「勇気ちひろの心は壊れた方がよい」「こいつは毒だ」などと書き込んだものです。

このような誹謗中傷が名誉感情の侵害に該当するとして、発信者情報開示請求が認められました。その後は加害者との間で示談が成立し、示談金は約120万円(期限までに支払わない場合は約370万円)とされています。

参照元:当社所属ライバーに対する誹謗中傷行為等への対応状況について(ANYCOLOR株式会社)

VTuberの誹謗中傷に遭った場合に法的措置が可能かどうか検討する主なポイント

VTuberが誹謗中傷の被害に遭った場合、法的措置が可能であるかどうかはどのような基準で検討されるのでしょうか?ここでは、基本的な判断基準を3つ紹介します。

  • 同定可能性があるか
  • 社会的地位の低下につながるか
  • 名誉感情が侵害されているか

これらに該当するかどうかを判断するには専門的な知識が必要であり、自分で判断することは容易ではありません。誹謗中傷の被害に遭ったら、法的措置が可能かどうか自分で悩むのではなく、早期に弁護士へご相談ください。

同定可能性があるか

1つ目は、同定可能性の有無です。同定可能性とは、平たくいうと「その誹謗中傷コメントが、誰を指しているのかがわかるかどうか」ということです。いくらひどい暴言であったとしても、これが客観的に見て誰のことであるかわからなければ法的措置をとることは困難です。

なお、これは伏せ字にすればよいということではありません。たとえ伏せ字としていても、第三者が見て誰のことであるかわかる場合は、同定可能性があることとなります。

社会的地位の低下につながるか

2つ目であり非常に重要なポイントは、その誹謗中傷のコメントが人の社会的地位の低下につながるかどうかという点です。

その誹謗中傷コメントが名誉毀損に該当するかどうかを判断する場合には、この視点が重視されます。あるコメントが名誉毀損に該当するかどうかは、これにより人の社会的地位が低下するかどうかが判断基準となるためです。

法律はキャラクター自身の社会的評価の低下を問題としていません。ここではあくまでも、「人(個人や会社)」の評価が低下したかどうかが問題となります。

VTuberでは演者(いわゆる「中の人」)が誰であるのか知られていないことも少なくないでしょう。必ずしもキャラクターが「中の人」と同一視できるわけではなく、アニメキャラクターのように、複数の者がキャラクターを作り上げていることもあります。

そのため、VTuberが演じているキャラクターである「Xちゃん」が誹謗中傷の対象となっているもののその演者である実在する「A田B子氏」の社会的評価が低下していない場合は、名誉毀損は成立しないことが原則です。「中の人」が不明であるVTuberへの誹謗中傷では、原則として名誉毀損罪は成立しません。

ただし、「Xちゃん」の演者が「A田B子氏」であることが広く知られており、「Xちゃん」への誹謗中傷が「A田B子氏」自身への誹謗中傷と同視される場合は、名誉毀損罪が成立し得ます。

名誉感情が侵害されているか

3つ目のポイントは、「名誉感情」が侵害されているかどうかです。名誉感情とは、人が自分を大切に思う気持ち(主観的な自尊感情)を指します。

先ほど解説したように、VTuberへの誹謗中傷では相手を名誉毀損罪に問うことは困難です。VTuberの「中の人」が誰であるか世間に知られていない場合には、キャラクターである「Xちゃん」が誹謗中傷されても、中の人である「A田B子氏」の社会的評価の低下にはつながらないためです。

一方で、たとえ自身の社会的地位の低下にはつながらなくても、誹謗中傷の内容によっては中の人である「A田B子氏」自身の名誉感情が傷つくことも少なくないでしょう。この場合は、たとえ刑事告訴は困難であっても、投稿者に対する損賠賠償請求が認められる可能性が高くなります。

VTuberが誹謗中傷の被害に遭った場合の対応ポイント

VTuberとして活動する中で誹謗中傷の被害に遭った場合、どのような点に注意して対応すればよいのでしょうか?最後に、誹謗中傷への対応ポイントを5つ解説します。

  • 直接反論することは避ける
  • 誹謗中傷の証拠を残す
  • 削除請求は慎重に行う
  • 弁護士へ相談する
  • できるだけ早期に対応する

直接反論することは避ける

誹謗中傷の被害に遭った場合に、相手に対して直接反論することはおすすめできません。誹謗中傷に対して直接言い返すことで、誹謗中傷がエスカレートするおそれがあるためです。

反論した内容などによっては周囲のユーザーなども巻き込み、「炎上」状態となる可能性もあるでしょう。

VTuberが言い返した内容によっては法的措置をとるにあたって不利となる可能性があるほか、反対に相手から誹謗中傷であるなどとして法的措置をとられるリスクもあります。書き込まれた誹謗中傷の内容によっては反論したいこともあるかと思いますが、直接反論することは避けるべきです。

誹謗中傷の証拠を残す

VTuberとして活動する中で誹謗中傷がなされたら、誹謗中傷の投稿を見つけたその場で証拠を残しておくようにしてください。発信者情報開示請求などの法的措置をとるためには、誹謗中傷の証拠が必要となるためです。

後から証拠を残そうと考えていると、投稿者が自らコメントを消したり他のユーザーがコメントを通報したりすることで、コメントが消えてしまうかもしれません。証拠を残す前にコメントが消えてしまうと、そのコメントに対して法的措置を講じることは困難となります。

誹謗中傷の証拠は、スクリーンショットで残すことが一般的です。スクリーンショットは次の内容が掲載されるよう、漏れなく撮影してください。

  • 誹謗中傷コメントの内容
  • そのコメントと関連する前後のコメントや他のユーザーとのやり取りの内容
  • 誹謗中傷コメントの投稿日時
  • 誹謗中傷コメントの固有URL

スクリーンショットはスマートフォンからではなく、パソコンからの撮影をおすすめします。スマートフォンからの撮影では、投稿のURLの表示が不完全となることが多いためです。

削除請求は慎重に行う

投稿された誹謗中傷コメントの内容によっては、そのコメントが他者の目に触れる機会を減らすため、早期に消してほしいと考えるかもしれません。しかし、法的措置を検討している場合は、削除請求は慎重に行ってください。

焦って削除請求をしてコメントの削除が認められると、誹謗中傷の証拠が消えてしまうためです。証拠を保全する前に誹謗中傷の証拠が消えてしまうと、法的措置が困難となりかねません。

そのため、投稿の削除請求がしたい場合はまずは証拠を漏れなく残し、弁護士に相談したうえで慎重に行うようにしてください。

弁護士へ相談する

VTuberが誹謗中傷の被害に遭った場合、自分で対処することは容易ではありません。そのため、早期に弁護士へご相談ください。

損害賠償請求を自分で実現することが難しいことはもちろん、たとえ発信者情報開示請求のみであっても、法令や裁判手続きなどへの深い知識と経験が必要です。

発信者情報開示請求は、所定の様式を機械的に埋めれば裁判所が独自に調査して開示すべきかどうかを決めてくれるというものではなく、権利侵害があると考える理由や根拠などを申立人が簡潔かつ明確に主張しなければなりません。

また、自分で法令や手続きなどを調べるうちに長い時間を要してしまうと、次で解説するログの保存期間が過ぎてしまい、法的措置ができなくなるリスクもあります。

そのため、誹謗中傷の被害に遭ったらできるだけ早期に、VTuberの誹謗中傷問題への対応実績が豊富な弁護士へご相談ください。

できるだけ早期に対応する

VTuberが誹謗中傷の被害に遭ったら、できるだけ早期に対応することが重要です。プロバイダでのログは永久に保存されるわけではなく、3か月から6か月程度の一定期間を過ぎると削除されてしまうためです。

いくら悪質な誹謗中傷であっても、ログの保存期間を過ぎてしまうと発信者の特定が困難となり、法的措置をとることが難しくなります。

この「3か月から6か月」というのは、弁護士に相談する期間の目安ではありません。弁護士へ相談して依頼を行い、実際に発信者情報開示請求に至るまでには、準備期間も必要です。

そのため、誹謗中傷コメントを見つけたらその日や翌日に弁護士に相談予約をするくらいのスピード感で対応することをおすすめします。

まとめ

VTuberが誹謗中傷の被害に遭ったら、これに対して法的措置がとれる可能性があります。ただし、VTuberは同定可能性や社会的地位の低下の有無がハードルとなることが多く、名誉毀損罪での刑事告訴は難しいかもしれません。

一方で、たとえ「中の人」が広く知られておらず社会的地位の低下につながらなかったとしても、名誉感情の侵害が認められれば、発信者情報開示請求や損賠賠償請求ができる可能性が高くなります。

とはいえ、法的措置の要否を自分で判断することは容易ではありません。そのため、VTuberが活動をするなかで誹謗中傷の被害に遭ったら、できるだけ早期に弁護士へご相談ください。

伊藤海法律事務所ではインターネット法務や誹謗中傷問題への対応に力を入れており、これまでも多くの解決実績があります。VTuberが誹謗中傷の被害に遭ってお困りの際は、伊藤海法律事務所までお気軽にご相談ください。