システム開発の委託や受託をする際は、必ず契約書を取り交わすことをおすすめします。

システム開発委託において、契約書が特に必要とされるのはなぜでしょうか?また、システム開発委託契約においてはどのような点に注意する必要があるでしょうか?

今回は、システム開発における契約書の重要性や契約締結時に注意点などについて、弁護士が詳しく解説します。

システム開発委託契約で契約書が特に必要となる理由

システム開発委託契約は契約書がないと成立しないわけではなく、口頭での合意のみであっても成立します。しかし、システム開発委託契約では、きちんと契約書を取り交わしておくべきです。

はじめに、システム開発委託契約で契約書が特に重要となる理由を4つ解説します。

  • 開発委託金額が高額となることが多いから
  • 対象物が目に見えないものだから
  • 開発期間が長期に渡ることが多いから
  • 紛争が少なくないから

開発委託金額が高額となることが多いから

1つ目は、システム開発委託契約では対価が高額となることが多いことです。

システム開発委託契約では、契約単価が数百万円や数千万円、規模によっては数億円となることもあり、契約単価が高くなりやすい契約の一つです。また、開発委託を受けた企業(「ベンダー」といいます)が1社のみで構築することもありますが、複数の下請企業との協力のもとで開発に取り組むことも少なくありません。

そうであるにも関わらず、きちんと契約書を取り交わしていないと、双方で契約に関する認識の違いが生じた際に、取り返しのつかないトラブルに発展するリスクがあります。

口頭のみの合意で開発に取り掛かってしまったり下請企業に発注してしまった後で、発注者から「正式に発注したつもりはない」などと主張されて梯子を外されてしまったりすれば、大きな損失を抱えることにもなりかねません。

対象物が目に見えないものだから

2つ目は、対象物が目に見えないものであることです。

システム開発委託では物品の売買契約などとは異なり、対象物が目に見えるわけではありません。そのため、開発の範囲や開発の依頼を受けたシステム内容などについて齟齬が生じやすく、契約書を取り交わしていないと大きなトラブルに発展するおそれがあります。

たとえば、ベンダーがシステムを開発して納品したにもかかわらず、発注者から「依頼したシステムの定義を満たしていない」などと主張され大幅な修正や追加の開発を要求されたり、対価を支払ってもらえなかったりすることなどが考えられます。

開発期間が長期に渡ることが多いから

3つ目は、開発期間が長期にわたることが多いことです。

システムの開発は、その規模にもよるものの、数か月から数年程度の期間がかかることもあります。かかる期間が長くなると、開発途中でさまざまな事情の変化が生じる可能性が高くなります。

たとえば、開発を委託した企業が新規事業を立ち上げるためにシステムの開発を委託していたものの、その後経営方針が変わり、新規事業事態を行わない方針となり、これに伴ってシステムの開発も不要となることなどが考えられます。

この場合であっても、ベンダーとしては当初の予定どおり、または少なくともその時点までに発生した分については報酬を支払って欲しいと考えることでしょう。しかし、契約書を取り交わしていないと、たとえ委託者の一方的な都合で開発が打ち切られたとしても、ベンダーにとって不利な結論となるおそれがあります。

紛争が少なくないから

4つ目は、システム開発委託契約に関連する紛争が少なくないことです。

ここまでで解説したように、システム開発委託契約は契約期間が長期化しやすいうえ、開発の対象物も目に見えないものです。そのため、双方に認識の違いが生じやすく、また対象の金額も簡単に泣き寝入りできるような価格でないことも多いことから、紛争が少なくありません。

そうであるにも関わらず契約書を取り交わしていないと、紛争解決において不利となったり長期化したりする可能性が高くなります。

システム開発委託契約は「請負契約」と「準委任契約」の2種類がある

民法には、13種類の典型的な契約が定められています。システム開発委託契約は、このうち「請負契約」の場合と「準委任契約」の場合の2つがあります。

また、次で解説する「多段階契約」の場合は、契約の段階によって請負契約と準委任契約を使い分けることもあります。ここでは、これらの概要と違いを解説します。

なお、請負契約と準委任契約は「どちらが有利で、どちらが不利」ということではありません。また、実際のシステム開発委託契約は、請負契約であるか準委任契約であるか明確にできないことも少なくありません。

請負契約とは

請負契約とは、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって効力を生ずる契約です(民法632条)。

請負契約では、「仕事の完成」である結果が目的とされていることが最大のポイントです。たとえば、注文住宅の建築契約などが、典型的な請負契約であるといえます。

準委任契約とは

委任契約とは、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって効力を生ずる契約です(同643条)。こちらは仕事の完成は目的としておらず、事務の処理などのプロセスが重視されていることがポイントです。

そして、委託の対象が「法律行為」でなく事務の委託(システムの開発や保守の委託など)である場合は、「準委任契約」となります。

請負契約と準委任契約の主な違い

請負契約と準委任契約の主な違いは、まとめると下の表のようになります。

請負契約 準委任契約
目的 仕事の完成 事務の処理
ベンダーが負う義務 仕事を完成させる義務 善管注意義務

(善良な管理者としての注意をもって事務処理を行う義務)

再委託 定めなし 原則不可

(委託者の許可を得たときややむを得ないときは可能)

報酬支払時期 目的物の引き渡しと同時 委任事務の履行後
任意解除 完成前は委託者はいつでも可能

(ただし、損害賠償義務あり)

両当事者がいつでも可能

(ただし、相手に不利な時期の解除は損害賠償義務あり)

ただし、先ほど解説したように、実際のシステム開発委託契約は請負契約であるか準委任契約であるか明確にできないことも少なくありません。一般的には、開発の委託自体は請負契約であるものの、その保守やテストなどは準委任契約としての側面が強いでしょう。

システム開発委託契約の2パターン

システム開発委託契約では、「一括請負契約」と「多段階契約」の2つがあります。ここでは、それぞれの概要について解説します。

一括請負契約

一括請負契約とは、システム開発の最初から最後までを1本の請負契約として締結する契約形態です。開発するシステムの内容がシンプルであり、また開発期間が比較的短い(3か月以内程度)場合は、一括請負契約とすることが多いといえます。

この場合に多段階契約としてしまうと、契約締結の手間やコストが相対的に見て大きくなりやすいためです。

多段階契約

多段階契約とは、システム開発を工程ごとに区分し、工程ごとに個別契約を締結する方式です。システム開発の全容を定めた基本契約も締結することが多いものの、この基本契約では基本的な事項のみを定め、詳細は個別契約に委ねます。

システムの開発期間が長期にわたる場合や、開発するシステムが複雑であり初期の段階から正確な見積もりを算出することが難しい場合は、多段階契約とした方がよいでしょう。

ただし、ベンダー側の視点では、多段階契約方式の場合は一括請負契約と比較して、開発段階ごとにベンダーを切り替えられてしまうリスクが高くなります。

システム開発委託契約書を取り交わす際の注意点

システム開発委託契約書を取り交わす際は、どのような点に注意する必要があるのでしょうか?ここでは、主にベンダー側の視点から、契約締結時の注意点を3つ解説します。

  • 契約内容を十分理解する
  • 開発の対象範囲をできるだけ明確にする
  • 報酬の発生条件を確認する

契約内容を十分理解する

1つ目は、契約内容を十分に理解したうえで取り交わすことです。

契約書を「形式的なもの」として取り交わすこともありますが、会社として正式に押印する以上は、契約書の記載内容で合意したこととなります。いざトラブルとなったとき、「形式的に押印しただけで内容はよくわかっていなかった」などの主張は通りません。

中でも、システム開発委託契約はトラブルの多い契約形態であることからも、内容を十分理解しておく必要があります。自社で契約書を作成して相手方に提示する場合も、よく理解することなく雛形を流用することは避けるべきです。

システム開発委託契約書は経済産業省も雛形を公開しており、雛形をたたき台とすること自体はよくないことではありません。しかし、雛形を元とする場合は書かれている内容を読み込み、実際の業務(特に、納品と検収)の流れや自社が負う義務、具体的に想定したトラブルが発生したらどうなるのかなどを十分理解したうえで活用してください。

開発の対象範囲をできるだけ明確にする

2つ目は、開発の対象範囲をできるだけ明確にすることです。

先ほど解説したように、システム開発では開発対象が目に見えるわけではありません。そのため、契約書において開発対象を具体的に定義し、対象範囲を明確にしておくことが重要です。

委託者とベンダーの間で開発の対象範囲に齟齬があると、ベンダーとしては完成品を納品したと考えている一方で委託者から不足があるとして追加での開発を求められる可能性があります。また、納品したにもかかわらず不足があるとして、報酬が支払われないリスクも否定できません。

対象が目に見えないものであるからこそ、システム開発においては要件定義を具体的に行い、これを契約書や契約書とともに作成する要件定義書などに盛り込むことが重要です。

報酬の発生条件を確認する

3つ目は、報酬の発生条件を確認することです。

システム開発契約においては、ベンダーがシステムを納品した後一定期間内に委託者がこれを検査し、検査への合格をもって最終的な報酬請求権が発生することが一般的です。ただし、このような規定のみであれば、ベンダーによる納品後委託者が一向に検査をせず報酬の支払いが遅延されることともなりかねません。

商法の規定によると、引渡しから6か月間は追完の請求(追加でのシステム開発や修正など)をされる可能性があります(商法526条)。

しかし、これをそのまま適用すると、ベンダー側にとっては納品後長期間にわたって修正指示の可能性があるうえ報酬の入金も遅くなるため、不利益となりかねません。そのため、契約書では「納品後、1週間以内に合格・不合格の通知をしないときは、検査に合格したものとみなす」などの規定を入れることが一般的です。

システム開発委託契約では、「いつ、どのような条件が揃ったら報酬を請求できるのか」について、十分確認しておいてください。

システム開発委託契約で紛争を発生させないための対策

システム開発委託契約は比較的紛争の多い契約であることは、先ほど解説したとおりです。では、システム開発委託契約で紛争を発生させないためには、どのような対策を講じればよいでしょうか?

最後に、紛争を予防するための主な対策を3つ解説します。

  • 契約書を取り交わす前の着手を避ける
  • 相手方とのやり取りを議事録などに残す
  • 押印前に弁護士へ相談する

契約書を取り交わす前の着手を避ける

システム開発委託は、正式に契約書を取り交わす前に着手するケースも少なくないようです。これは、委託者から要求された期限に間に合わせる必要があることや、システム開発委託契約では正確な見積もりを算出するために着手が必要となることが多いことなどが主な原因として考えられます。

しかし、契約締結前の着手は、大きなトラブルの原因となりかねません。

たとえば、開発規模の大きなシステム開発において、委託者側の担当者とのやり取りから受託がほぼ確実であると考えて正確な見積もりを算定するためのFit&Gap(パッケージソフトをベースとしてシステム開発をするにあたり、パッケージソフトをそのまま活用できる箇所と追加での開発が必要な箇所を見極め、切り分ける作業)に着手してそれなりの工数を要したり下請会社に対して業務を発注したものの、結果的に発注されず、Fit&Gapに費やした工数分の報酬や下請会社に既に発生した報酬も支払ってもらえなかったりするケースなどが想定されます。

この場合は、たとえ口頭ベースであっても契約が成立したとみなせるかどうかや、この段階で報酬が発生することについて双方で合意ができていたかなどをベースに交渉や訴訟を展開することとなるでしょう。

このような事態を避けるため、契約締結前の着手はできるだけ避けるようにしてください。また、正式な契約締結前のFit&Gapなどの報酬を発生させたい場合は、委託者に理解を求め、報酬についても伝え合意を得ておくとよいでしょう。

相手方とのやり取りを議事録などに残す

システム開発を進める中では、相手方とのやり取りを可能な限り議事録などに残しておくようにしてください。

たとえば、委託者側の都合でシステム開発自体が不要となり解除することとなったにもかかわらず、委託者が損害賠償や本来の報酬の支払いなどを避けるため、後に「解除の理由はベンダーによる開発遅延である」とするなど、主張を変えるおそれがあります。

また、開発の追加や修正などについて金額についても合意したにもかかわらず、これが口頭による合意のみでは後から合意の証拠が出せず、追加報酬の請求ができなくなるおそれもあるでしょう。

そのため、特に契約に関して重要なやり取りをする際は議事録などを残し、可能な限り相手方の押印ももらっておくことで、「言った・言わない」のトラブルを防止しやすくなります。

押印前に弁護士へ相談する

システム開発委託契約は、締結前に弁護士へご相談ください。弁護士へ相談することで、契約書の不備や問題点に気付くことができるほか、その契約を進行する中での注意点についても具体的なアドバイスを受けることが可能となるためです。

あらかじめ相談しておくことで、万が一トラブルとなった際にスムーズな対応がしやすくなるでしょう。

まとめ

システム開発委託契約は、トラブルの多い契約の一つです。金額が高額となることが多いうえ契約期間も長期となることが多く、また開発対象が目に見えないものであるためです。

そのため、システムの開発を受託する際は、必ず契約書を取り交わすようにしてください。契約締結時には開発の対象範囲をできるだけ明確にしたうえで、報酬の発生条件についてもよく確認しておくとよいでしょう。

しかし、契約書を自分で作り込んだり理解したりすることは、容易なことではありません。そのため、特に重要な契約を取り交わす局面では、無理に自社のみで対応しようとせず弁護士へご相談ください。

伊藤海法律事務所では、システム開発委託契約のリーガルサポートに力を入れています。システム開発委託契約の締結にあたって契約書の作成や確認を必要としている場合や、システム開発委託契約に関してトラブルが発生している場合は、伊藤海法律事務所までお気軽にご相談ください。