みなさんは、タレントが所属事務所から移籍や独立をする際に「所属事務所とトラブルになった」といったことをニュースなどで耳にしたことがありませんか?最近では、SMAPや女優ののんさんなどの事例が有名かと思います。

これらは、もしかすると芸能事務所とタレントとが結ぶ専属契約等の内容がトラブルの一要因になっているかもしれません。連載第2回目の今回は、タレントを拘束する「競業避止義務」条項についてみなさんと一緒に考えてみたいと思います。

※連載第1回目:タレント・芸能人は「労働者」に当たる?弁護士がわかりやすく解説

「競業避止義務」とは

そもそも、「競業避止義務」とは何を指すのでしょうか?簡単にいうと、競業避止義務とは所属する企業と競合する会社に就職することを避けなければならない義務です。これはタレントに限らず、一般の企業に勤めるサラリーマンなどにも当てはまります。

この競業避止義務は、在職中は会社との労働契約などによって負い(労働契約法3条4項参照)、退職後も一定期間負わされる場合があります。特に一般企業では、機密情報を知っている従業員が競合他社へ転職することにより自社の機密情報が漏れることを防止するためなどに使われたりします。

タレントが負う競業避止義務の具体例としては、次のものなどが挙げられます。

  • 事務所移籍の禁止
  • 事務所移籍後一定期間の芸能活動の禁止
  • 芸名使用の禁止

競業避止義務規定が盛り込まれる理由

では、タレントと芸能プロダクションとの専属契約に必ずといっていいほど盛り込まれる競業避止義務の規定は、何のためにあるのでしょうか?

これは、芸能プロダクションは所属タレントに対して定期的なレッスンなどの育成や各所への売り込み等、所属タレントが知名度を上げるまでに多額の先行投資を行っており、知名度を上げたあとすぐにそのタレントが事務所移籍や独立などをすると、それまでに費やしてきたお金や労力が無駄になってしまうからです。

そのため、所属タレントが他の事務所への移籍や独立等をする場合に、たとえば一定期間芸能活動をすることを禁止することによって、それまで事務所で培ってきた知名度やブランド力、事務所の力があってこそ行えた仕事等を丸取りされないようにしているのです。

競業避止義務規定の問題点

そうだとすると、タレントの専属契約に競業避止義務の規定を盛り込むことは一定の合理性があるとも思えます。ですが、事務所退所後も無条件に競業避止義務を負うとすると、タレントは自由な芸能活動を行うことができず、憲法上保障されている職業選択の自由(憲法22条1項)を侵害されかねません。

そこで、ここではどのような場合に競業避止義務規定が無効とされているか、具体例として東京地判決平成18年12月25日を解説します。

東京地判決平成18年12月25日の紹介

事件の概要

この事件は、芸能事務所と2年間の専属契約をした歌手が、事務所から十分な報酬を支払ってもらえなかったため、債務不履行に基づき契約期間満了前に契約解除の申し入れをしました。

しかし、この専属契約には以下の専属契約第7条が含まれていたため、事務所側はこの条項を援用しました。そこで歌手は、専属契約第7条による制約を受けないことを確認する訴訟を提起したというものです。

○専属契約第7条要旨

第7条 原告(歌手)は、本契約が終了した場合といえども、被告(事務所)が原告の宣伝プロモートのために費やした多大な時間・労力・資金・努力に鑑み、その損失を補償しない限り、その後、2年間内に他の芸能人の紹介斡旋をする事業体に所属することや個人で芸能活動を行うことはできない。(括弧内、下線、太字は筆者)

裁判所の判示内容

裁判所は、専属契約第7条について次のように判示し、専属契約第7条は拘束力をもたないとしました。

…芸能人の芸能活動について当該契約解消後2年間もの長期にわたって禁止することは、実質的に芸能活動の途を閉ざすに等しく、憲法22条の趣旨に照らし、契約としての拘束力を有しないというべきである。(下線、太字は筆者)

もっとも、裁判所は上記の判断に続けて次のように判示し、事務所は所属タレントの活動のために資金等を費やしていることから、所属タレントがその資金を上回る利益を事務所にもたらさないうちに専属契約が終了した場合、事務所が支出した費用を所属タレントが補填する趣旨で行った合意には拘束力があるとしました。

しかし、他方において、…被告が原告との間においてこのような内容を含む本件専属契約を締結した背景には、被告が原告の養成、宣伝プロモートのために時間、労力、努力、なかんずく資金を費やすことに鑑み、原告の芸能活動が上記資金を上回る利益を被告にもたらさないうちに本件専属契約が終了した場合には、原告が被告に対して、被告が原告のために支出した出捐を補填することを約す趣旨を包含し、被告は、原告に対し、上記趣旨に適する限度で、被告の出捐を補償する義務を承認したものと解するのが相当である。(下線、太字は筆者)

【私見】実務ではどうあるべきか

ここまで解説したように、芸能プロダクションは、自らの権益のために専属契約書でタレントを必要以上に強く縛りつけてしまいがちです。そのため、残念ながら現在でも所属タレントの入れ替わりの激しいプロダクションが大多数となっている状況です。

私は、契約書の策定にあたってはプロダクションの利益を最大限確保しつつも、所属タレントの自由や権利も最大限尊重するバランス感覚が非常に重要だと考えています。なぜなら、そのように当事者双方の利益に配慮することで、プロダクションとタレントとの間に相互信頼関係が生まれ、タレントのプロダクションへの貢献意欲も強いものとなり、結果的に縛りの強い専属契約を結ぶよりも双方に大きな利益がもたらされるのではないかと考えるからです。

さて、次回は「芸名(アーティスト名)の商標登録」にテーマを絞って解説します。

※連載第3回目:芸名・アーティスト名の商標登録とは?本人でなく所属プロダクションが商標登録できる?

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