VTuberは、個人で活動することもあれば、事務所に所属することもあります。
VTuberが事務所に所属する場合、事務所との契約形態はどのようなものとなるのでしょうか?また、VTuberがタレント専属契約を締結する際は、契約書のどのような点に注意する必要があるでしょうか?
今回は、VTuberの契約形態や契約書の確認ポイント、契約締結時の注意点などについて弁護士が詳しく解説します。
VTuberとは
VTuberとは「バーチャルYouTuber」の略称であり、2Dや3Dのアバターをまとって活動するYouTuberを指すことばです。これは、2016年末頃から活動を始めた「キズナアイ」氏が名乗ったことから広まったといわれています。
近年、YouTube以外のプラットフォームで活動するケースも増えており、YouTubeではないプラットフォームで活動する場合であってもVTuberと呼称されることが一般的です。
視聴者からは2Dや3Dのキャラクターが動き話しているように見え、演者(「中の人」などといいます)が誰であるのか知られていないことも少なくありません。また、女性の姿をしたキャラクターの「中の人」が女性であるとは限らず、実際とは異なる性別のキャラクターを演じることもあります。
VTuberの契約形態として考えられる主なパターン
VTuberが事務所に所属する場合、事務所との契約形態にはどのようなものが考えられるのでしょうか?ここでは、VTuberの契約形態として代表的なものを3つ紹介します。
- 雇用契約
- 準委任契約
- いわゆる「タレント専属契約」
雇用契約
1つ目の契約形態は、雇用契約です。雇用契約とは、労働者が雇用主の労働に従事し、雇用主がその対価として労働者に賃金を支払うことを約束する契約を指します。
雇用契約の場合、企業が自由に解雇することができないことや最低賃金の規定など労働基準法が適用されるほか、原則として社会保険料などの負担も必要です。そのため、VTuberの契約形態が雇用であることは、さほど多くありません。
また、雇用契約とする場合であっても期限を定めない無期の契約であることは稀であり、3年や5年の有期契約とされることが一般的です。
準委任契約
2つ目の契約形態は、準委任契約です。当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託して、相手方がこれを承諾することによって効力を生じる契約を委任契約といい、事実行為を相手方に委託する場合は、準委任契約といいます。VTuberが事務所と締結する契約では法律行為を目的とするものではないことから、「準委任契約」に該当することとなります。
準委任契約は報酬の支払いは要件とされていないものの、VTuberが事務所と取り交わす契約は有償契約とされることが通常です。
なお、準委任と似たものに「請負契約」があります。請負契約とは当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって効力を生じる契約です。こちらは、仕事の完成を目的としている点で委任契約と異なります。
いわゆる「タレント専属契約」
3つ目は、いわゆる「タレント専属契約」です。
タレント専属契約は民法に記載のある典型契約ではなく、準委任契約と請負契約、業務委託契約、業務提携契約などさまざまな内容が混合された契約形態です。タレント専属契約は民法に根拠がないため、契約書の作り込みや個々の契約条項の内容などがより重要となります。
VTuberがタレント専属契約を締結する場合の契約書の確認ポイント
VTuberが事務所と契約書を取り交わす際は、契約内容を十分に確認したうえで署名押印することが必要です。なぜなら、きちんと確認しないまま押印してしまうと、トラブル発生時などに不利となるおそれがあるためです。
ここでは、VTuberが事務所とタレント専属契約を締結する場合における、契約書の主なチェックポイントを紹介します。自分で確認しリスクを把握することが難しい場合は、弁護士へご相談ください。
- 専属性に関する条項
- 報酬体系
- VTuberが負う義務
- 商標権
- 著作権
- 秘密保持条項
専属性に関する条項
契約書では、専属性に関する条項を確認してください。専属性に関する条項とは、VTuberがその事務所を通さずに活動できるかどうかについて定めた条項です。
VTuberが事務所に所属しながらも事務所を通すことなく自由に活動できるとなれば、マネジメントがしづらくなるほか、報酬の算定も困難となりかねません。また、せっかく事務所が時間やコストをかけてVTuberを育成したものの事務所を通さない活動が増えてしまうと、事務所にとっては不利益となる可能性が高くなります。
そこでタレント専属契約書では、事務所専属で活動する旨の条項が盛り込まれていることが一般的です。
事務所の専属契約に関しては、トラブルの原因となることが少なくありません。そのため、VTuberとしては次の2点に特に注意して確認しておくことをおすすめします。
- 事務所を通して行うべき活動の範囲
- 専属が求められる期間
報酬体系
タレント専属契約では、報酬体系についても確認しておきましょう。VTuberの報酬の計算方法には、次のパターンが想定されます。
- 完全歩合制
- 固定報酬制
- 固定報酬と歩合との混合制
報酬は現在の状況だけで判断するのではなく、今後の状況変化も踏まえて合意するかどうかを慎重に検討するようにしてください。
たとえば、現在の活動収入が少ない場合は定額報酬をありがたく感じるかもしれませんが、今後活動を続けて人気が出た場合は、固定報酬としたことを後悔するかもしれません。一方で、今は人気があり多くの収入を得られおり完全歩合制が望ましいと考えていても、完全歩合制の場合は、今後の流行の変化などによって収入がゼロとなるおそれがあります。
そのため、一定期間後に再度報酬について協議することや、固定報酬と歩合制の混合とすることなどを検討し、必要に応じて事務所と交渉するとよいでしょう。
VTuberが負う義務
タレント専属契約の締結にあたっては、VTuberが負う義務についてよく確認してください。
契約書は、双方の権利と義務を定める書類です。契約書に記載のある義務をVTuberが履行しなかった場合は、損害賠償請求や違約金支払いの対象となる可能性が高くなります。そのため、自身が「何をしなければならないのか」や「何をしてはいけないのか」について、しっかりと理解しておかなければなりません。
併せて、万が一義務に違反してしまった場合の対応についても契約書に記載されていることが多いため、これも確認しておいてください。中には、莫大な違約金や損害賠償の予定額が定められていることもあるためです。
義務違反の場合の対応について契約書に記されていないからといって、義務違反をしてもお咎めがないわけではありません。契約書に特に記載がない場合は、民法の規定に従って損害賠償請求などがされることとなります。
商標権
タレント専属契約では、商標権についても重要な確認ポイントとなります。
商標権とは、商品やサービスについて使用する商標(文字や図形など)に対して与えられる独占排他権であり、VTuberのキャラクター名は、商標権の対象となることが少なくありません。
つまり、VTuberである「〇〇ちゃん」の名称を商標権登録した場合はこの名称を他者が使用することができなくなり、仮に他社がこの「〇〇ちゃん」を冠した商品を販売するためには、原則としてその商標権者の許諾を得て使用料を支払うこととなります。
VTuberのタレント専属契約においては事務所側が商標権を有し、契約期間中に限りその商標権の利用をVTuberの「中の人」に対して許諾する形をとることが一般的です。この場合、VTuberが事務所と仲違いをするなどして事務所から離れることとなった場合は、その後VTuberは原則として「〇〇ちゃん」を名乗って活動することはできません。
一方で、「中の人」を替えてその事務所が「〇〇ちゃん」のマネジメントを継続することは考えられます。ただし、契約解除時に事務所が「〇〇ちゃん」の商標権を中の人に譲渡する旨の規定が契約書に盛り込まれていれば、「〇〇ちゃん」の名称とともに退社することも可能となるでしょう。
事務所と専属契約を結ぶ際はこの点についても理解したうえで、商標権の取り扱いについてよく確認しておいてください。
著作権
VTuberはキャラクターとともに活動するとの性質上、著作権の取り扱いに関する規定も重要です。著作権とは著作物を保護するための権利であり、イラストや動画なども著作権の対象となります。著作権は創作時点で自動的に発生する権利であり、商標権とは異なり登録などは必要ありません。
ただし、キャラクターそのものには著作権は発生しないとされています。つまり、著作権はVTuberキャラクターの「〇〇ちゃん」自体に発生するのではなく、そのキャラクターを演じた動画やそのキャラクターを描いたイラストなどに対して個々に発生します。
VTuberのタレント専属契約においては、VTuberキャラクターに関連する動画やイラストなどの著作権は事務所側に帰属するとされることが一般的です。事務所としては、自社が著作権を有していた方がマネジメントしやすいためです。
しかし、動画などの著作権がすべて事務所に帰属するとなれば、事務所との契約を解除した場合であっても、原則として動画などの権利を返してもらうことはできません。そのため、事務所と契約を締結する際は著作権についても十分理解したうえで、事務所が提示した契約書案に同意するかどうかを慎重に検討する必要があります。
秘密保持条項
VTuberはキャラクターのイメージを守るため、「中の人」を秘密とするケースも少なくありません。しかし、個人で活動している分には、自身の判断で自分がそのキャラクターの「中の人」であることを公表することも可能です。
一方、事務所とタレント専属契約を締結する際は、契約書において「中の人」の公表が厳しく制限されていることがあります。これに反して無断で自分が「中の人」であることを公表してしまうと、違約金などの対象となる可能性が高いでしょう。
禁止されている事項や公表してはいけない事項、公表した場合のリスクなどをよく理解しておく必要があります。
VTuberが企業と契約を締結する際の注意点
VTuberが企業と契約を締結する際は、どのような点に注意する必要があるのでしょうか?
最後に、VTuberが企業と契約を締結する際に知っておくべき主な注意点を3つ紹介します。
- 契約書がない企業には注意する
- 契約書の内容を理解したうえで署名押印する
- 誹謗中傷時に企業がどの程度対応してくれるかを確認しておく
契約書がない企業には注意する
VTuberが企業とタレント専属契約などを締結する際は、必ず契約書を取り交わしましょう。
きちんとした会社であれば自社の利益を守るためにも、VTuberと専属契約を締結するにあたって契約書の締結を提案するはずです。そうであるにもかかわらず契約書さえない場合は、その会社と本当に契約してよいのか一歩立ち止まって慎重に検討するとよいでしょう。
先ほど解説したように、タレント専属契約は民法上の典型契約ではありません。そのため、契約書がない場合はトラブルが生じた際の解決が困難となったり、VTuberにとって非常に不利な状況となったりするおそれがあります。
契約書の内容を理解したうえで署名押印する
タレント専属契約の締結にあたっては、事務所側が契約書の雛形を作成することが一般的です。この場合であっても、VTuberは事務所が提示した契約書にそのまま署名押印するのではなく、契約書に何が記載されているのか内容を十分に理解したうえで署名押印してください。
なぜなら、事務所側が提示する契約書は、事務所側に有利な内容で作成されていることが一般的であるためです。よく確認しないまま署名押印してしまうと、大きな損をしてしまったり、トラブル発生時に不利となったりするおそれがあります。
なお、一般消費者として何らかの契約を締結する際は消費者契約法によって守られているため、企業側が作成した契約書におかしな条項が入っていることケースはさほど多くありません。また、消費者契約において一方的に消費者に不利な条項が入って入れば、その条項は無効となります。
一方で、VTuberはいち個人事業主であり、一般消費者ではありません。そのため、契約締結においては「自己責任」の側面が強くなり、たとえ一方的に事務所側に有利な条項が盛り込まれていても救済されないおそれが高くなります。だからこそ、契約書の内容を十分理解したうえで署名押印しなければなりません。
とはいえ、契約書には難解な表現も多く、自分で読んで理解し不利な条項に気付くことは容易ではないでしょう。可能であれば、署名押印をする前に弁護士に中身を確認してもらうようにしてください。
誹謗中傷時に企業がどの程度対応してくれるかを確認しておく
誹謗中傷は社会問題となっており、VTubeとして活動する中で、視聴者などから誹謗中傷されるリスクは低くありません。中には、訴訟などにまで発展したケースもあるほどです。
そこで、事務所とタレント専属契約などを取り交わす際は、誹謗中傷やストーカー行為など迷惑行為の被害に遭った場合に、事務所がどこまで対応してくれるのかを確認しておくとよいでしょう。事務所が前面に立ってトラブルに対応してくれるのとトラブルへの対応が自己責任となるのとでは、活動のしやすさに大きな差が生じるためです。
まとめ
VTuberの契約形態について解説しました。
VTuberの契約形態には、主に雇用契約と委任契約、タレント専属契約の3パターンが考えられます。実際のケースでは、これらのうちタレント専属契約の形が取られていることが多いでしょう。
VTuberが事務所と契約を交わす際は契約内容を十分理解したうえで署名押印してください。内容を理解しないまま契約に応じてしまうと、トラブルが発生した際に不利となるリスクが高くなるためです。
VTuberは一般消費者とは異なり、たとえ事務所側に一方的に有利となる条項が盛り込まれていたとしても、自己責任との度合いが強くなる点にも注意しなければなりません。そのため、契約書に不明な点がある場合はあらかじめ弁護士へ相談するようにしてください。
伊藤海法律事務所ではVTuberへのリーガルサポートに力を入れています。VTuberが契約形態についてお悩みの際や契約締結前に契約書の記載事項を理解したい場合、事務所との契約に関してトラブルが生じてお困りの際などには、伊藤海法律事務所までまずはお気軽にご相談ください。