声優は個人で活動することもありますが、事務所に所属することも少なくありません。
声優との契約形態には、どのようなものがあるでしょうか?また、事務所に所属させるにあたって声優と契約を締結する際、事務所はどのような点に注意する必要があるでしょうか?
今回は、声優と事務所が締結する契約の概要や、声優と契約する際に事務所が注意すべきこと、契約締結にあたって弁護士へ相談する主なメリットなどについて、弁護士が詳しく解説します。
声優と事務所の主な契約形態
声優が事務所に所属する際、その契約形態には主に「雇用契約」、「マネジメント契約」と「業務委託契約」の3つが用いられることが多いです。はじめに、それぞれの契約の概要を解説します。
雇用契約
雇用契約とは、「当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる」契約です(民法623条)。企業がその従業員と取り交わす契約は、原則として、この雇用契約に該当します。
声優との契約を雇用契約とするケースはさほど多くありません。しかし、固定的な業務が定期的に発生する場合などには、雇用契約とすることもあります。
雇用契約とした場合は労働基準法が適用され、最低賃金や社会保険の加入、有給休暇の取得などの規定の対象となります。また、解雇についても一定の制限がされるため、雇用契約を締結した声優と契約を解除する際は、弁護士へご相談ください。
マネジメント契約
声優と事務所が取り交わす契約として一般的であるのは、「マネジメント契約」です。
マネジメント契約は民法上の典型契約ではなく、法律に定義はありません。そのため、具体的な内容は契約ごとに異なります。
ただし、一般的には、事務所が声優をマネジメントしたり仕事を獲得したりする一方で、報酬の一定割合を事務所が受け取る形とすることが多いでしょう。また、声優が事務所に対してマネジメントやスケジュール管理を一任する内容とすることが少なくありません。
声優や芸能人と事務所との契約は、多くがこのマネジメント契約とされています。
業務委託契約
声優を事務所に所属させるのではなく、個々の業務を委託する場合は、業務委託契約を締結することが一般的です。業務委託契約民法上の典型契約ではなく、民法上の請負契約と準委任契約の性質を併せ持つものと考えられます。
仕事に対応する形で報酬を定めることとなるため、報酬の額や算定方法を明記しておきましょう。
事務所内のランクによって声優の立ち位置が決まることも多い
声優と契約するにあたっては、事務所内における一般的な声優のランクを知っておくことをおすすめします。
事務所に所属する声優は、「預かり所属」「準所属」「正所属」として異なる報酬体系がとられることが少なくありません。一般的には、預かり所属が事務所内でのランクが低く、正所属が最もランクの高い一握りの声優です。
具体的な呼称や報酬体系は事務所などによって異なりますが、それぞれの概要は次のとおりです。
預かり所属
声優養成所に通ってオーディションで結果を出すと、はじめは預かり所属となることが一般的です。
預かり所属は、「ジュニア」や「仮所属」などと呼ばれることもあるなど、事務所によって呼称は一律ではありません。また、事務所によっては、預かり所属の声優からレッスン料などを徴収することもあります。
預かり所属であってもマネジメントの対象ではあり、仕事が発生することはあります。ただし、重要な仕事は正所属や準所属の声優が行うことが多いうえ、同じ仕事をしたとしても、預かり所得の声優の報酬は正所属の声優の1/2から1/3程度となることが少なくありません。
預かり所属の期間は2年程度とされることが多く、その後は事務所の査定を経て準所属や正所属へとランクアップします。
準所属
預かり所属と、次で解説する正所属との間に準所属というランクが設けられることもあります。準所属とは、預かり所属と準所属の中間のランクであり、預かり所属の声優が事務所内の査定などを経てランクアップすることで準所属となります。
正所属
正所属とは、事務所に正式に所属している声優です。
事務所が一定程度の収益が見込めると判断すると、声優を正所属にランクアップさせることが一般的です。正所属へのランクアップは事務所内のオーディションで決めることもあれば、マネジメント会議などで決めることもあります。
正所属になると受けられる仕事や1本あたりの報酬も増え、事務所からのマネジメントも手厚くなる一方で、契約によって解除や移籍などが制限されやすくなります。
声優のギャラ計算の3パターン
声優の報酬(ギャラ)には、主に次の3つのパターンがあります。
- 固定報酬制
- 完全歩合制
- 固定報酬+歩合制
それぞれの概要は、次のとおりです。
固定報酬制
1つ目は、固定報酬制です。
固定報酬制とは、その月の仕事量に関わらず、毎月決まった報酬を支払う制度です。とはいえ、どの所属声優であっても報酬が同じということではなく、事務所内のランクに応じて固定の報酬額を分けていることが多いでしょう。
完全歩合制
2つ目は、完全歩合制です。
完全歩合制とは、声優が受けた仕事量に応じて報酬額が変動する制度です。声優が稼いだ金額のうち一定割合を声優にギャラとして支払い、残りを所属事務所が受け取る形をとることが多いといえます。
固定報酬+歩合制
3つ目は、固定報酬と歩合制を組み合わせた制度です。
ある程度の額を毎月固定で支給しつつも、一定以上の仕事をした場合は追加のギャラを歩合で支払います。
事務所が声優と契約を締結する際の主な検討ポイント
事務所が声優と契約を締結する際は、どのような点に着目して契約内容を検討するとよいのでしょうか?ここでは、声優との契約における主な検討ポイントを7つ解説します。
- 契約形態
- 事務所が行うマネジメントの内容
- 報酬体系
- 契約期間と更新
- 知的財産の取り扱い
- 事務所が声優に禁止する事項
- 違約金
ただし、あまりにも一方的に事務所が有利となる契約を締結した場合は、トラブルの発生時に、契約が一部無効と判断される可能性が否定できません。そのため、契約書は自社の判断のみで作成するのではなく、あらかじめ弁護士へ相談したうえで作成することをおすすめします。
弁護士へ相談して契約書の規定を十分に検討しておくことで、いざトラブルが発生した際に自社の身を守ることにつながります。
契約形態
1つ目のポイントは、声優との契約形態です。雇用契約とするのかマネジメント契約とするのかなど、それぞれのメリットとデメリットを比較して検討してください。
一般的にはマネジメント契約とすることが多いものの、中には雇用契約とすることもあります。以降、マネジメント契約であることを前提に解説を進めます。
事務所が行うマネジメントの内容
2つ目のポイントは、声優に対して事務所が行うマネジメントの内容です。
マネジメント契約では、事務所が声優のマネジメントやスケジュール管理を任される反面、マネジメントをする義務が発生します。双方がどのような義務を負い、また権利を持つこととするのかを検討し、その内容を契約書の文言に落とし込むようにしてください。
先ほども解説したように、マネジメント契約は民法上の典型契約ではありません。だからこそ、声優と事務所の権利や義務について、契約書で丁寧に規定することが重要です。
また、ここで声優に出演させることができるコンテンツの内容(どのようなコンテンツでも出演させられるのか、成人向けコンテンツは除くのかなど)を記載することもあります。
報酬体系
3つ目のポイントは、声優の報酬体系です。固定報酬制とするのか歩合制とするのか、固定と歩合の混合型とするのかを検討したうえで、契約書に記載します。ここでは、報酬額や報酬の計算方法を記載するのみならず、支払いのタイミングについても明記しましょう。
また、声優の活動には、交通費や遠方での仕事の場合の宿泊費、仕事の内容によっては衣装代やメイク代など、さまざまな経費がかかります。後々のトラブルを避けるため、活動経費を声優と事務所のどちらの負担とするのかについても契約書に明記しておくと良いでしょう。
契約期間と更新
4つ目のポイントは、契約期間と更新についてです。契約期間を定めたうえで、更新の有無や方法を明記しましょう。
声優との契約期間はさまざまですが、あまり長期としてしまうとその後の状況の変化に対応しづらくなります。一方、期間が短い場合はせっかく育てた声優がある程度仕事を得られるようになったタイミングで他社に移籍してしまうかもしれません。
「30年」など明らかに長すぎる契約期間を定めた場合は、将来移籍に関するトラブルが生じた際にその条項が無効と判断されるおそれもあるでしょう。
知的財産の取り扱い
5つ目のポイントは、知的財産の取り扱いです。
声優との契約で特に注意が必要な知的財産は、「著作権」です。著作権とは著作物を保護するための権利であり、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を指します(著作権法2条1項1号)。
また、著作権法には「実演」についても定められています。実演とは、「著作物を、演劇的に演じ、舞い、演奏し、歌い、口演し、朗詠し、又はその他の方法により演ずること(これらに類する行為で、著作物を演じないが芸能的な性質を有するものを含む。)をいう」とされています(同3号)。
「声」自体は、原則として著作物にはあたりません。しかし、声優が演じたキャラクターの声や朗詠した音声などは、実演家の権利(著作隣接県)として保護の対象となり得ます。
声優の持つ実演家の権利が所属時に問題となることは少ないものの、契約解除後にトラブルの原因となる可能性があります。そのため、声優と契約を締結する際は、声優の有する著作隣接権の取り扱いを、契約解除後のことも含めて定めておくことが必要です。
事務所が声優に禁止する事項
6つ目のポイントは、事務所が声優に対して禁止する事項です。
事務所に所属する声優が問題行動を起こしてしまうと、事務所の名前に傷が付くおそれがあります。また、声優が起こしたトラブルによって仕事が打ち切られたりキャンセルされたりしてしまうと、相手方から事務所に対して違約金が請求される可能性もあります。
そのため、声優が問題行動を起こす抑止力としたり、問題行動を起こした場合に契約の解除や違約金の請求をしたりしたいことでしょう。万が一トラブルが生じた際にスムーズな対応を可能とするため、契約書には声優に対して禁止したい事項を明確に定めておくことをおすすめします。
違約金
7つ目のポイントは、違約金に関する事項です。
契約期間中に声優が一方的に契約を解除したり、問題行動を起こして仕事がキャンセルされてしまったりすると、事務所が損害を被るおそれがあります。その際に、声優に対して違約金を請求することで、事務所の被害を最小限に抑えやすくなるでしょう。
ただし、法外な違約金を定めた場合はいざトラブルが発生した際に無効と判断されるおそれがあるため、弁護士へ相談のうえ適切な違約金額を設定してください。
声優と契約を締結する際に弁護士へ相談するメリット
事務所が声優と契約を締結する際は、弁護士へご相談ください。最後に、声優と契約するにあたって弁護士へ相談する主なメリットを3つ解説します。
- 将来のトラブルを見据えた契約書を作成できる
- 法令違反がないかあらかじめ確認できる
- トラブル時の対応がスムーズとなる
将来のトラブルを見据えた契約書を作成できる
弁護士へ依頼することで、将来のトラブルを見据えた契約書の作成が可能となります。
たとえインターネット上などで見付けたテンプレートなどを「コピペ」して見よう見まねで契約書を作成したとしても、その時点では問題は生じないかもしれません。しかし、契約書がその真価を発揮するのは、実際にトラブルが生じてしまったときです。
契約書に不備がある場合、トラブル発生時に不利となったり対応が難しくなったりする可能性が高くなります。
そうであるにも関わらず、実際にトラブルが発生する前に契約書の問題に気づくことは容易ではありません。また、契約を取り交わしてしまってから問題点に気付いても、相手方も納得するような明らかな不備(誤字など)でない限り、契約書を撒き直す直すことは困難でしょう。
そのため、トラブルが生じてはじめて契約書の不備と向き合うこととなり、手遅れとなるリスクがあります。
声優との契約書の締結段階から弁護士のサポートを受けることで、トラブルを見据えた契約書の作成が可能となります。これにより、将来万が一トラブルが生じた際に、スムーズかつ自社にとって有利な対応がしやすくなる効果が期待できます。
法令違反がないかあらかじめ確認できる
事務所が声優と締結する契約書の作成やレビューを弁護士に依頼することで、法令違反がないかどうかをあらかじめ確認することが可能となります。
たとえば、声優との契約を雇用契約とした場合は、労働基準法の適用対象となります。この場合、原則として残業代や深夜手当などを支払う必要がありますが、契約書などでこれを排除するなどとした場合は、違法な契約となる可能性が高いでしょう。
違法な契約を締結してしまうと、たとえ双方が署名や捺印をしていても、法令に違反する部分が無効となる可能性があります。また、後からまとめて未払いとなっていた残業代を請求されるなどしてトラブルとなるリスクも否定できません。
弁護士へ依頼することで、契約書に法令違反となっている条項がないかあらかじめ確認してもらうことが可能となり、安心して契約の締結や事業の運用がしやすくなります。
トラブル時の対応がスムーズとなる
契約の締結段階から弁護士のサポートを受けておくことで、将来トラブルが発生した際の対応がスムーズとなります。
トラブルが発生してからはじめて弁護士へ相談する場合は、弁護士が当初の契約内容を確認したり事業内容を確認したりするために時間を要しやすいでしょう。一方、契約の締結時から相談をしておくことで、弁護士が契約内容や事業の内容などを把握していることを前提として相談することが可能となります。
可能であれば、エンターテインメント法務に詳しい弁護士と顧問契約を締結しておくことをおすすめします。弁護士と顧問契約を締結することで、日々の相談などきめ細やかなサポートを受けることが可能となるためです。
顧問契約を締結している場合は、たとえ弁護士のスケジュールがほとんど埋まっている場合であっても優先的に対応してもらいやすくなることもメリットだといえます。
まとめ
事務所が請求と締結する契約について詳しく解説しました。
声優が事務所と交わす契約は雇用契約であることもあるものの、マネジメント契約とすることがほとんどです。マネジメント契約は民法上の典型契約ではないことから、双方の齟齬が生じないようできるだけ詳細かつ漏れのないように取り決めることがより重要といえます。
声優と契約を締結する際には、報酬体系や契約期間、知的財産の取り扱いなど個々の項目を一つひとつ慎重に検討し、将来のトラブルに備えてください。
とはいえ、自社のみで問題のない契約書を作成することは容易ではありません。契約書に不備があると、いざトラブルが発生した際に自社が不利となったり対応が難しくなったりするおそれがあります。
そのため、声優と契約を締結する際は無理に自社のみで作成するのではなく、弁護士に作成してもらったり弁護士からレビューを受けたりして作成するようにしてください。
伊藤海法律事務所代表の伊藤海は、弁護士資格のほか知的財産の専門家である弁理士資格も有しており、両者の知識と経験を生かしたエンターテインメント法務を得意としています。エンターテインメント業界は、知的財産権の処理が重要となる場面が少なくありません。
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