システム開発委託契約は、トラブルの多い契約形態の一つです。中でも、AI開発委託契約は特殊な点が多く、トラブルへの発展に特に注意しなければなりません。
では、AI開発委託契約の特徴は、どのような点にあるのでしょうか?また、AI開発委託契約を締結する際は、どのような点に注意すればよいのでしょうか?
今回は、AI開発委託契約の特徴や主な法的問題、契約締結時のポイントなどを弁護士が分かりやすく解説します。
AI開発委託契約の特徴
AI開発委託契約は、通常のシステム開発委託契約とどのような点で異なるのでしょうか?はじめに、AI開発委託契約の主な特徴を紹介します。
- 学習済みモデルの内容・性能等が契約締結時に不明瞭な場合が多い
- 内容・性能等が学習用データセットに依存する
- その生成に際して特にノウハウの重要性が高い
- 各種生成物について更なる再利用の需要が存在する
参照元:AI・データの利用に関する契約ガイドライン(経済産業省)
学習済みモデルの内容・性能等が契約締結時に不明瞭な場合が多い
1つ目は、学習済みモデルの内容や性能等が契約締結時に不明瞭な場合が多いことです。
一般的なシステム開発では、あらかじめ開発対象物が特定されているうえ、入力した記述に沿って動作することから動作の原理も把握しやすいことが多いでしょう。
一方で、AIの場合は、その性質上あらゆる事象をあらかじめ推測することは現実的ではありません。そのため、事前の性能保証は事実上困難です。また、納品後の何らかの問題が生じたとしても、その問題が開発上の問題であるのか事後的なデータセットの問題であるのか突き止められないことも少なくありません。
内容・性能等が学習用データセットに依存する
2つ目は、内容や性能等が学習用データセットに依存することです。
一般的なシステム開発では納品したシステムの動作がその後変容することはなく、あるとすれば何らかのバグが原因である可能性が高いでしょう。
一方で、AIでは学習用データセットの統計的な性質を利用するため学習用データセットの内容により内容や性質が変動し、契約時にこれを明確に推測することは不可能です。
その生成に際して特にノウハウの重要性が高い
3つ目は、その生成に際してノウハウの重要性が高いことです。
AIは、学習済みモデルの生成や利用過程でベンダーやユーザーの有するさまざまなノウハウが利用されます。読み込ませる学習用データの選択などのノウハウがAIの性能を左右するといっても過言ではないでしょう。しかし、ノウハウは目に見えるものではなく、客観的な評価も困難です。
各種生成物について更なる再利用の需要が存在する
4つ目は、各種生成物について更なる再利用の需要が存在することです。
AI開発では、その開発対象であるプログラムのみならず、試行錯誤された学習用データセットやその結果である学習済みモデルなどにも高い価値があります。ベンダーとしては、その学習用データセットや学習済みモデルなどを、研究開発や商用目的で再利用したいことでしょう。
一方で、AI開発を委託したユーザーとしては、ベンダーによる再利用を制限したいと考えることが少なくありません。そのため、生成物の再利用についての利害調整が必要となります。
AI開発に関する主な法的問題
法的な視点におけるAI開発委託契約の問題はどのような点にあるのでしょうか?ここでは、主な法的問題を紹介します。
参照元:AI・データの利用に関する契約ガイドライン(経済産業省)
AI技術の特性を当事者が理解していないこと
問題の1つ目は、AI技術の特性を契約当事者が理解していないことが多いことです。
特に、ユーザーはAI技術がどのようなものであるか正しく理解せず、システム開発委託と同様のイメージで開発委託をすることも少なくありません。
しかし、先ほど解説したように、AIの開発は通常のシステム開発とは性質が大きく異なるものです。このような点を双方が理解せず契約を締結してしまうと、成果物の性能保証などをめぐってトラブルに発展する可能性が生じます。
AI 技術を利用したソフトウェアの権利関係や責任関係などの法律関係が不明確であること
問題の2つ目は、AI 技術を利用したソフトウェアの権利関係や責任関係などの法律関係が、未だ不明確であることです。
特に、著作権の帰属について法的な整理がされているとは言い難いでしょう。また、AI技術を組み込んだソフトウェアなどが第三者に損害を与えた場合における責任についても、整理されていません。
そのため、AI開発委託契約を締結する際には、著作権の帰属や法的責任の所在について明確としておく必要があるでしょう。
ユーザーがベンダーに提供するデータに高い経済的価値や秘密性がある場合があること
問題の3つ目は、ユーザーがベンダに対して提供するデータに、高い経済的価値や秘密性がある場合があることです。
AI開発はシステムを組むだけで完結するものではなく、学習のための高品質かつ大量のデータが必要となることが一般的です。このデータをベンダー側で作成することは現実的ではなく、ユーザーがベンダーに提供すべき場合がほとんどでしょう。
しかし、データはユーザーのノウハウが集結したものであり、それ自体に経済的価値があることも少なくありません。また、守秘義務や個人情報保護などの問題もあり、情報流出の懸念からベンダーへの引き渡しを躊躇する場合もあります。また、この点から先ほど解説した成果物の再利用に関して意見がまとまらない事態も生じます。
AI技術を利用したソフトウェアの開発や利用に関する契約プラクティスが確立していないこと
問題の4つ目は、AI技術を利用したソフトウェアの開発や利用に関して、契約プラクティスが確立していないことです。
AI開発や利用については法律が追い付いているとは言い難いことに加え、契約に関する知識や経験も十分に形成されているとはいえません。その結果、当事者が過度に防衛的になったり現実的ではない保証を要求したりして、交渉が平行線となる事態が生じやすくなります。
AI開発委託契約は請負契約か準委任契約か
システム開発委託契約は、請負契約とする場合と準委任契約とする場合があります。では、AI開発委託契約はどちらの形態をとるべきなのでしょうか?ここでは、請負契約と準委任契約の概要を確認するとともに、AI開発委託契約をいずれとすべきかについて解説します。
請負契約とは
請負契約とは、当事者の一方が仕事の完成を約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約することで効力を生ずる契約です(民法632条)。「仕事の完成」を約すことがポイントであり、報酬の支払いも完成した仕事との引き換えとなります。
また、契約不適合責任を負う形態であり、成果物があらかじめ契約で定めた内容に適合していなかった場合、修補請求や代金減額請求、損害賠償請求などの原因となります。
典型的な請負契約は、建設工事の契約です。依頼者は「完成した家」の引き渡しを受けることが必要なのであり、真摯に建設工事に取り組むことなどを求めているわけではありません。
そのため、建設会社側の都合で家が完成していない場合に報酬を支払わなくてよいことは当然であり、たとえば「屋根がない」などの問題があれば完成させたうえで引き渡すよう要求できることも当然でしょう。
準委任契約とは
委任契約とは、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することで効力を生ずる契約です(同643条)。そして、「法律行為」ではない事務の委託をするものを準委任契約といいます(同656条)。
準委任契約では仕事の完成が目的ではなく、善管注意義務を果たし委託した事務を履行することが目的とされます。報酬の支払い時期は成果物の引き渡しがある場合は引き渡しと同時期ですが、これがない場合は所定の委任事務の処理により報酬請求が可能です。
準委任契約の典型例は、弁護士への依頼や医師による診療などです。いずれも求める成果に向けて全力を尽くすことが前提ではあるものの、結果はさまざまな事象によって左右されるものであるため、「勝訴できなかったから報酬請求ができない」「入院したものの全快はしなかったから報酬請求ができない」というものではありません。
AI開発委託契約は準委任契約がベター
AI開発委託契約は、準委任契約とするのがベターです。なぜなら、先ほど解説したように、AI開発委託契約はその性質上、性能保証が現実的ではないためです。
そもそも、契約時に納品物の仕様を明確に定義することさえも不可能でしょう。そうであるにも関わらず請負契約としてしまえば、ベンダーが過重な責任を負うこととなりかねません。
具体的には、事実上完成が不可能となりいつまでも報酬を請求できない事態となったり、途中頓挫することとなったりするおそれが生じます。
AI開発委託契約締結時の主なポイント
AI開発委託契約を締結する際は、どのような点に注意する必要があるのでしょうか?ここでは、AI開発委託契約締結時の主なポイントを紹介します。
- 知的財産の帰属先を明確にする
- 成果物の提供方法を明確にする
- 完成義務を負わないことや性能保証を行わないことを確認する
- 委託料の支払い方法を十分に検討する
ただし、ここで解説するのは一般的な注意点であり、実際の注意点は開発するAIの内容や状況などによって異なります。実際にAI開発委託契約を締結しようとする際は、弁護士へご相談ください。
知的財産の帰属先を明確にする
AI開発委託契約を締結する際は、著作権などの権利関係を明確に定めることが重要です。
先ほど解説したように、AI開発委託契約における知的財産の帰属について法律では明確となっていません。そのため、契約によって知的財産の帰属について明確に定めておく必要があります。
成果物の提供方法を明確にする
AI開発委託契約では、成果物の提供方法を明確にしておきましょう。どのような方法でどこまでのデータを納品するのかは二次利用の可否にも影響するため、慎重に検討したうえで定めておかなければなりません。
完成義務を負わないことや性能保証を行わないことを確認する
先ほど解説したように、AI開発では「完成」を明確に定義したり性能保証を行ったりすることは現実的ではありません。仮に、これらの義務を負うような内容で契約を締結してしまうと、ベンダーが過重な義務を負う事態となりかねないでしょう。
とはいえ、ユーザー側がAI開発について正しく認識しておらず、「開発を委託する以上は完成義務を負うのは当然だろう」と考えているケースも少なくありません。そのため、完成義務を負わないことや性能保証を行わないことをあらかじめ双方で十分に確認したうえで、契約書にもその旨を明記しておくことをおすすめします。
委託料の支払い方法を十分に検討する
AI開発委託契では、委託料の支払い時期や支払い方法を十分に検討しておきましょう。
AI開発は「完成」が定義しづらく、固定金額とすることが馴染まない場合もあります。そのため、月単位や工数単位に基づく報酬算定も有力な選択肢となります。
また、支払い時期についても次の方法が検討できます。
- 納品時に一括で支払う
- 着手時と納品時とに分けて支払う
- 毎月など時期を区切って支払う
特に、ベンダーとしては確実に対価を受け取るため、委託料の支払い方法や時期について慎重に交渉すべきといえます。
AI開発委託契約の締結時は弁護士のサポートを受けるのがおすすめ
AI開発委託契約を締結する際は、弁護士のサポートを受けるのがおすすめです。ここでは、弁護士のサポートを受ける主なメリットを4つ解説します。
- 実態に即した契約書を作成しやすくなるから
- 特に注意すべきポイントや盛り込むべき条項についてアド自社の立場に即した契約条項を検討しやすくなるから
- トラブル発生時に有利かつスムーズな解決がはかりやすくなるから
実態に即した契約書を作成しやすくなるから
弁護士に相談することで、実態に即したAI開発委託契約書を作成しやすくなります。
A開発委託契約は、特許庁からモデル契約書が公開されています。
参照元:モデル契約書 ver1.0共同研究開発契約書(AI)(特許庁)
しかし、モデル契約書は表現が難解な部分も多く、自社で内容をすべて理解することは容易ではないでしょう。内容を理解しないままモデル契約書などを流用すれば、実態とは異なる内容で契約を締結してしまい、これが原因でトラブルに発展するおそれがあります。
弁護士はモデル契約書をそのまま使うことはなく、実際の取り決め内容に即した契約書を作成します。また、弁護士から各規定について説明を受けることで、自社が交わした契約書の内容を正しく理解することも可能となります。
特に注意すべきポイントや盛り込むべき条項についてアドバイスを受けられるから
契約締結や実際のトラブルについて豊富な対応経験を有している弁護士は、契約書の中で特に問題となりやすい条項や記載がないことでトラブルとなる事例などを把握しています。弁護士のサポートを受けることで、契約にあたって特に注意すべきポイントや盛り込むべき条項についてアドバイスを受けることが可能となり、トラブルを抑止しやすくなります。
自社の立場に即した契約条項を検討しやすくなるから
契約書の「最適解」は、一つではありません。AI開発委託契約でも、ベンダーにとって望ましい契約書とユーザーにとって望ましい契約書は異なります。
そのため、特にAI開発委託契約のような重要な契約では、相手方から提示された契約書をそのまま受け入れる事態は避けるべきでしょう。
弁護士のサポートを受けることで、自社の立場に即した最適な契約条項を検討しやすくなります。
トラブル発生時に有利かつスムーズな解決がはかりやすくなるから
冒頭で解説したとおり、AI開発委託契約はトラブルに発展しやすい契約類型の一つです。弁護士のサポートを受けて契約書を作成することで、トラブルの発生を抑止しやすくなるほか、万が一トラブルに発展した際にも自社の有利かつスムーズな解決をはかりやすくなります。
AI開発委託契約書の作成は伊藤海法律事務所へお任せください
AI開発委託契約書の作成でお困りの際は、伊藤海法律事務所へご相談ください。最後に、伊藤海法律事務所の主な特長を2つ紹介します。
テクノロジー法務などに特化している
AI開発委託契約は、やや特殊な契約類型です。通常のシステム開発委託契約でもトラブルが多いことに加え、AI開発委託契約ではそれ以上に注意を払わなければなりません。
そのため、AI開発委託契約書の作成は、この分野に強く実績が豊富な弁護士に依頼するべきでしょう。伊藤海法律事務所はテクノロジー法務に特化しており、通常のシステム開発委託契約書はもちろんのことAI開発委託契約書の作成についても豊富な実績を有しています。
弁護士のほか弁理士資格も有しており知財法務に強い
AI開発委託契約では著作権など知的財産の取り扱いが問題となることも少なくありません。伊藤海法律事務所の代表である伊藤海は、弁護士のほか弁理士資格も有しているため、知的財産の処理についても的確なアドバイスが可能です。
まとめ
AI開発委託契約の概要や特長、法的課題のほか、契約締結時に注意すべきポイントなどを解説しました。
AI開発委託契約には特殊な部分が多く、これを理解せずに契約を締結してしまうと大きなトラブルへと発展するおそれがあります。トラブルを未然に防ぎ、またトラブル発生時にスムーズな解決がはかれるよう、AI開発委託契約の締結時には弁護士のサポートを受けることをおすすめします。
伊藤海法律事務所はテクノロジー法務に強みを有しており、AI開発委託契約についても豊富なサポート実績があります。AI開発委託契約を締結しようとする際や、AI開発委託契約に関してトラブルが予見されている際などには、伊藤海法律事務所までお気軽にご相談ください。