芸能事務所に所属する際に交わす契約書には、退所後一定期間にタレント活動などを禁じる「競業避止義務」に関する条項が入っていることが少なくありません。この条項が原因で、退所を思いとどまっている場合も多いと思います。
では、競業避止義務条項が設けられている芸能事務所を退所する場合、競業避止義務は絶対に守る必要があるのでしょうか?また、競業避止義務条項のある芸能事務所の退所は、どのような手順で進めれば良いのでしょうか?今回は、競業避止義務と芸能事務所の退所にまつわる問題について、弁護士がくわしく解説します。
なお、当事務所(伊藤海法律事務所)は芸能・エンターテイメント法務に強みを有しており、俳優や声優、モデル、アーティスト、タレント、アイドル、芸人などとして活躍するクライアント様へのサポート実績が豊富です。芸能事務所の退所や競業避止義務条項でお悩みの際は、伊藤海法律事務所までお気軽にご相談ください。弁護士には守秘義務があるため、当然ながら、ご相談いただいたことが周囲に漏れることはありません。
競業避止義務とは
競業避止義務とは、自社と競合する事業を自ら行ったり競合他社に転職したりしない義務のことです。在職中のみ禁止する場合もあれば、退職後一定期間も義務を負うとされる場合もあります。
一般企業の雇用契約においても競業避止義務条項が盛り込まれることが多く、ノウハウや自社の顧客リストの流出を避ける目的であることが多いでしょう。そのため、すべての従業員を対象とするのではなく、機密情報に触れる業務を担う従業員のみが対象とされることが一般的です。
芸能事務所との所属契約でよく設けられている競業避止義務に関する内容
冒頭で触れたように、芸能事務所への所属時に交わす契約書には、「競業避止義務」に関する条項が盛り込まれていることがあります。芸能事務所はコストをかけてタレントなどを育成することから、短期間で移籍や独立をされてしまうと、自社にとって大きな不利益となるためです。ここでは、芸能事務所との所属契約で盛り込まれることの多い競業避止義務の内容を解説します。
- 一定期間中における他事務所との契約の禁止
- 一定期間における芸能活動の禁止
- 退所後における芸名使用の禁止
一定期間中における他事務所との契約の禁止
1つ目は、一定期間中における他事務所との契約の禁止です。これは、契約期間中や退所後一定の期間において、芸能活動を目的とする契約を他の事務所と締結することを禁止するものです。
一定期間における芸能活動の禁止
2つ目は、一定期間における芸能活動の禁止です。これは、契約期間中や退所後一定の期間において、芸能活動自体を禁止するものです。
他の事務所と契約を締結して芸能活動をすることが禁止されることに加え、自身で事務所を立ち上げて芸能活動をすることも禁止されます。そのため、先ほど紹介した一定期間中において他事務所との契約締結を禁ずる条項よりも厳しい内容であるといえます。
退所後における芸名使用の禁止
3つ目は、退所後における芸名使用の禁止です。
タレント等は、そのタレント等自身が「商品」です。そのため、タレント等の活動名や活動するグループ名などが、事務所に商標登録をされることも少なくありません。
商標登録とは、自社の商品・サービスなどを他社の商品・サービスと差別化するために、名称やマークなどを特許庁に出願して登録を受ける制度です。商標登録を受けた名称やマークは商標権による保護対象となり、権利者に独占排他的な使用権が発生します。権利者以外がその名称やマークを適法に使用するためには、権利者から許諾を受けなければなりません。
つまり、タレント等の芸名が所属事務所に商標登録をされた場合、タレント等はたとえそれが自身を指す名称であったとしても、商標権者である事務所の許諾がなくてはその芸名を使えないということです。
事務所との関係が良好であるうちは、この点が問題になることは少ないでしょう。一方で、退所にあたってはその芸名を「人質」にされることがあり、これも広く見れば競業避止義務条項の1つであるといえます。
芸能事務所の退所にあたって競業避止義務条項でお困りの際は、伊藤海法律事務所までお気軽にご相談ください。当事務所は、タレントやアーティスト等からの「事務所をやめたい」旨のご相談について、豊富な解決実績を有しています。
芸能事務所が設ける競業避止義務に関する法的な視点
芸能事務所が設ける競業避止義務条項は有効であるのか、判断に迷うことも多いでしょう。実は、その回答は一律に断言できるものではありません。つまり、「競業避止義務には法的に問題があることが多い(つまり、無効にできる余地がある)ものの、場合によっては条項全体が無効とまではいえない」ということです。
最終的には、ケースごとに裁判所に判断してもらうほかありません。ただし、実際には裁判所が出す結論を予想したうえで、可能な限り交渉によって解決をはかることとなります。
ここでは、競業避止義務に関する法的な視点を整理して解説します。
- 憲法の「職業選択の自由」に反する可能性がある
- 独占禁止法上の「優先的地位の濫用」にあたる可能性がある
芸能事務所の退所にあたって競業避止義務でお困りの際は、伊藤海法律事務所までお気軽にご相談ください。
憲法の「職業選択の自由」に反する可能性がある
日本においてすべての法令の土台(国の最高法規)となる法律は、日本国憲法です。この日本国憲法では「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」として、職業選択の自由を明記しています(日本国憲法22条1項)。
そして、競業避止義務はこの職業選択の自由に反する可能性があると指摘されています。たとえば、退所後の一定期間においてタレント等が一切の芸能活動を行わないと規定する条項などは、職業選択の自由に反して無効にできる可能性が高いでしょう。
具体的には、裁判例は、競業避止義務の有効性について、職業選択の自由(憲法22条1項)を保護するスタンスで、かねてより一貫して、
- ①保護すべき企業の利益(守るべき企業の利益)
- ②禁止される競業行為の範囲
- ③存続期間・地域的な限定
- ④受託者の地位
- ⑤代償措置の妥当性
を総合考慮して判断しております(奈良地判昭和45年10月23日等 )。
上記のうち、近年の司法判断において最も重視される要素の一つが、⑤制約に対する適切な代償措置の有無です。要するに、競業避止義務という事業活動の自由を制限する権利を、企業側が「購入」したかどうかが問われます。
最終的には、他の要素との総合判断にはなりますが、競業避止義務条項を受け入れることと引き換えに、通常の業務委託料に上乗せされる「プレミアム報酬」のような、明確な代償措置が講じられているようなことがなければ、有効性を否定されることが多いでしょう。
また、③の判断にも変化がみられ、存続期間については、厳格な判断が下される傾向が日々強まっております。かつては、1年~1年6ヶ月間程度であれば有効と判断されるが多かった印象ではありますが、近年、知的財産高等裁判所が令和4年12月26日に下した判決で、ビジュアル系バンドのメンバーと所属事務所との間で結ばれた「契約終了後6ヶ月間」の競業避止義務を定めた条項は、公序良俗に反し無効であると判断されました。
このように、裁判所は、競業避止義務については、基本的に、職業選択の自由を尊重しつつも、それを制限する合理的理由がある場合にのみ有効としております。
独占禁止法上の「優先的地位の濫用」にあたる可能性がある
独占禁止法とは、公正かつ自由な競争促進を目的とする法律です。
独占禁止法では、「優越的地位の濫用」が禁止されています。優越的地位の濫用とは「取引上の地位が相手より優越している事業者が、その力を利用して取引相手に正常な商慣習に照らして不当な不利益を与える行為」を指し、優越的地位の濫用にあたる場合はその行為が差止請求の対象となったり、契約条項が無効となったりします。
芸能事務所は一般的にタレント等と比較して優越的地位を有することが多いことから、芸能事務所とタレント等との関係にもこの優越的地位の濫用の禁止に関する規定が適用される可能性が高いでしょう。
参照元:優越的地位の濫用~知っておきたい取引ルール~(公正取引委員会)
また、公正取引委員会が公表しているリーフレット「音楽・放送番組等の分野の実演家と芸能事務所との取引等に関する実態調査報告書(クリエイター支援のための取引適正化に向けた実態調査)」には、次のような記載もあります。
競業避止義務は、一般的には、営業秘密等の漏えい防止の目的の達成のために合理的な必要性かつ手段の相当性が認められる範囲で課されるのであれば、実演家に対する営業秘密等に相当する情報の提供を可能とし、競争促進効果を有し得るものである。しかし、仮に営業秘密等の漏えい防止を目的として競業避止義務等の活動制限を課すとしても、芸能分野においては、基本的に実演のみを行い、芸能事務所の運営そのものには関わることがない実演家が営業秘密を知ることは例外的な場合であると考えられること、仮に保護すべき営業秘密があったとしても、実演の禁止といった事業活動そのものに制約を課すより競争制限的でない他の手段として、秘密保持契約を締結するというような手段も検討し得ることを踏まえると、そもそもこれらの活動制限を課すこと自体の必要性・相当性が認められない可能性が高い(太字は、当事務所)
例えば、実演家に対して取引上の地位が優越していると認められる芸能事務所が、その地位を利用して、実演家に対して競業避止義務等を課すことで実演家の移籍、独立を断念させることなどにより、実演家に正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える場合は、優越的地位の濫用として独占禁止法上問題となる。(太字は、当事務所)
つまり、公正取引委員会は芸能事務所によるタレント等への競業避止義務を問題視しており、優先的地位の濫用にあたる可能性が高いと考えていることがわかります。また、そもそもタレント等が営業秘密を知っているケースは少なく、仮に営業秘密に触れているとしても秘密保持契約で解決できるであろうと捉え、秘密保持を目的とした競業避止義務にも否定的です。
芸能事務所退所時に競業避止義務以外に起きやすいトラブル
芸能事務所の退所にあたっては、競業避止義務のほかにも生じやすいトラブルがあります。ここでは、芸能事務所の退所時に起きやすいトラブルの例について解説します。
- 退所を認めてもらえない
- 高額な違約金を請求される
- 報酬が未払い
なお、当事務所は芸能事務所の退所について豊富な対応実績を有しており、ここで紹介するトラブルについても解決実績を有しています。これらのトラブルでお困りの際は、伊藤海法律事務所までお早めにご相談ください。
退所を認めてもらえない
芸能事務所を退所しようにも、退所を認めてもらえないトラブルです。契約書において非常に長い契約期間が定められており、これを盾にされる場合もあります。
弁護士に依頼することで長期に及ぶ契約を無効化するなど、解決をはかりやすくなります。
高額な違約金を請求される
芸能事務所を退所する際に、高額な違約金を請求されるトラブルです。契約書に、違約金の予定額が定められていることもあります。
弁護士へ依頼することで、違約金の定めを無効化できたり、違約金を大幅に減額できたりする可能性があります。
報酬が未払い
芸能事務所を退所しようにも事務所からの報酬に多額の未払いがあり、辞められないトラブルです。弁護士に対応を依頼することで、解決に近づきやすくなります。
芸能事務所退所の進め方
芸能事務所の退所では、トラブルが少なくありません。ここでは、芸能事務所の退所の進め方を解説します。
- 事務所と交わした契約書の条項を確認する
- 芸能・エンタメ法務に強い弁護士に相談する
- 芸能事務所と退所の交渉をする
事務所と交わした契約書の条項を確認する
芸能事務所に退所を申し入れる前に、事務所と交わした契約の条項を確認しましょう。契約書を事前に確認しておくことで、退所にあたってハードルとなり得る事項や事務所からなされるであろう主張が予想でき、事前に対策を練りやすくなるためです。
芸能・エンタメ法務に強い弁護士に相談する
芸能事務所がスムーズに退所を認めてくれない可能性がある場合、事務所に退所を申し入れる前に、弁護士にご相談ください。弁護士に相談することで、退所の交渉にあたって注意すべきポイントが明確になります。
芸能事務所と退所の交渉をする
交渉時に注意すべきポイントを把握したら、事務所に退所を申し入れます。すでに事務所との関係が悪化しているなど自身で退所の交渉をすることに不安がある場合には、初期の交渉段階から弁護士に同席してもらうことも可能です。
芸能事務所退所時の競業避止義務に関するよくある質問
続いて、芸能事務所退所時の競業避止義務に関して、よくある質問とその回答を2つ紹介します。
契約書に押印してしまったら芸能事務所の競業避止義務条項は有効?
契約書に押印してしまった場合でも、芸能事務所との契約書の競業避止義務条項を無効化できる可能性があります。競業避止義務条項は、日本国憲法の職業選択の自由や独占禁止法などに違反する可能性があるためです。
ただし、先ほど解説したように一定の範囲で有効と判断される場合もあるため、お困りの際は伊藤海法律事務所までご相談ください。なお、これから契約を締結しようとしている場合には、押印前の相談をおすすめします。
芸能事務所の競業避止義務は誰に相談すべき?
芸能事務所の競業避止義務条項に関する相談先は、エンタメ法務に強い弁護士が最適です。
エンタメ法務はやや特殊な業界であり、弁護士によって得意・不得意が分かれやすい分野であるため、その分野に注力している弁護士を選ぶと良いでしょう。
競業避止義務規定のある芸能事務所の退所でお困りの際は、伊藤海法律事務所へご相談ください
芸能事務所からの退所にあたって、競業避止義務条項でお困りの際は、伊藤海法律事務所へご相談ください。最後に、当事務所の主な特長を3つ紹介します。
- 芸能・エンタメ法務の実績が豊富である
- 弁護士への連絡手段が多様である
- 他士業とのネットワークが豊富であり退所後の手続きもサポートできる
芸能・エンタメ法務の実績が豊富である
弁護士が注力する分野は事務所によって異なる中で、当事務所は芸能・エンタメ法務に特化したやや珍しい事務所です。芸能事務所の退所にまつわるトラブル対応実績も豊富であるため、状況に応じた的確なリーガルサポートを実現できます。
弁護士への連絡手段が多様である
伊藤海法律事務所は電話や対面、Eメールなどのほか、LINEやChatwork、Slackなどでのやりとりも可能です。クライアント様にとってストレスの少ない手段での連絡が可能であり、スピーディーな対応も実現できます。
他士業とのネットワークが豊富であり退所後の手続きもサポートできる
当事務所の代表である伊藤海は弁護士であり、弁理士でもあります。また、エンタメ法務に強い他士業(社会保険労務士・行政書士・司法書士・税理士など)とのネットワークも有しています。
そのため、芸能事務所を退所した後に個人事務所を設立する場合においても、総合的なリーガルサポートを実現できます。また、当事務所は個人事務所やフリーランスなどを想定したコンパクトな顧問プランも有しており、継続的なサポートも可能です。
まとめ
競業避止義務条項がある芸能事務所からの退所や、競業避止義務条項の有効性などについて解説しました。
芸能事務所からの契約書に、競業避止義務が設けられていることは少なくありません。しかし、競業避止義務条項は日本国憲法で保障された「職業選択の自由」に抵触する可能性があるほか独占禁止法による「優越的地位の濫用」にあたる可能性があり、無効化できる可能性があります。
退社を検討している芸能事務所の契約書に競業避止義務条項がある場合であっても、自己判断で諦めずに、まずは弁護士にご相談ください。
伊藤海法律事務所は芸能・エンタメ法務に特化しており、芸能事務所からの退所に関するサポート実績を豊富に有しています。芸能事務所が設けた競業避止義務条項でお困りの際や、退所にあたってトラブルが生じてお困りの際などには、伊藤海法律事務所までお気軽にご相談ください。