書籍を出版する場合は、著者と出版社との間で出版契約を締結します。出版契約においては、著作権の処理について特に注意しなければなりません。
出版をする場合、著作権は一般的にどのように処理するのでしょうか?また、出版後の著作権トラブルを避けるため、出版契約書ではどのような点に注意する必要があるのでしょうか?
今回は、出版にまつわる著作権処理や出版権の概要、トラブルを防ぐ対策などについて、弁護士がくわしく解説します。
著作権の基本的な概念
はじめに、出版の観点から、著作権の基本概念について解説します。
著作権とは
著作権とは、著作物を保護する権利です。著作権は創作時点から自動的に発生するものであり、登録などを受ける必要はありません。
著作権の対象となる著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義されています(著作権法2条1項1号)。そのため、出版の対象となる小説やエッセイ、漫画などは著作物に該当すると考えて、間違いないでしょう。
著作権の期限が切れているなど一定の場合でない限り、他者の書いた小説やエッセイなどを無断で書籍化し販売すれば、著作権侵害となります。著作権を侵害すれば差止請求や損害賠償請求などの対象となるほか、刑事罰の対象ともなるため、万が一にも侵害しないよう注意しなければなりません。
そのため、出版をしようとする際は、著作権に関する適切な処理が不可欠です。
著作権は一つの権利ではなく、「複製権」や「公衆送信権」、「譲渡権」、「翻案権」などさまざまな権利が束となったものです。これらのうち、出版に関して特に処理が不可欠であるのは、著作権のうち次の権利でしょう。
- 複製権:著作物を複製する権利(同21条)
- 譲渡権:著作物(映画の著作物を除く)をその原作品または複製物の譲渡により公衆に提供する権利(同26条の2)
ほかに、たとえば外国語で書かれた小説を日本語に翻訳する場合は「翻訳権」、電子書籍とする場合は「公衆送信権」についても処理をしなければなりません。
- 翻訳権・翻案権:著作物を翻訳し、編曲し、もしくは変形し、または脚色し、映画化し、その他翻案する権利(同27条)
- 公衆送信権:著作物について公衆送信(自動公衆送信の場合は、送信可能化を含む)を行う権利(同23条)
また、小説を元にした漫画のように著作物を翻案したものを「二次的著作物」といいます。これを出版しようとする場合は二次的著作物(漫画)の著作権者から許諾を得ることに加え、原著作物(小説)の著作権者による許可も必要です。
出版権とは
著作権法では、出版権について独立して規定がされています。出版権とは、出版権の目的である著作物について、次の権利の全部または一部を専有する権利です(同80条1項)。
- 頒布の目的をもって、原作のまま印刷などにより文書または図画として複製する権利(電磁的記録として複製する権利を含む)
- 原作のまま公衆送信を行う権利
なお、先ほど解説した「譲渡権」または「公衆送信権」の権利を有する者を、「複製権等保有者」といいます(同79条)。出版権を設定できるのは、この複製権等保有者です。
つまり、出版にあたっては、出版社と複製権等保有者との間で出版権を設定することとなります。この場合、出版社はその契約の相手方が「複製権等保有者」であることを確認しなければなりません。
複製権等保有者は原則としてその小説やエッセイなどの著者であるものの、万が一著者がすでに複製権などを他者に譲渡していれば、著者は出版権を設定する権利を有していないためです。
出版契約での著作権の2つの処理方法
出版契約において著作権を処理する方法には、主に2つのパターンがあります。ここでは、それぞれの概要について解説します。
- 出版権を設定する
- 著作権を譲渡する
出版権を設定する
1つ目は、出版権を設定する方法です。ほとんどの出版契約は、この方法によって著作権処理がされています。
出版権の設定とは、著作物である小説やエッセイ、漫画などを書籍化して販売する権利(つまり、出版する権利)を、出版社に付与する形態です。このケースでは、著作権自体は元の著作権者(著者など)に残ります。
なお、出版権を設定する方法には、1社の出版社に独占的に権利を付与する方法と、独占権までは付与しない方法があります。1社独占で出版権を設定するケースが大半であるものの、著者の立場が強い場合などには独占としない場合もあります。
著作権を譲渡する
2つ目は、著作権自体を出版社に譲渡する方法です。
この形態では、小説やエッセイの著作権自体が出版社に帰属することとなります。著作権を出版社に譲渡した場合、著者(著作者)はもはや著作権者ではありません。
そのため、今後この小説やエッセイを他社が映画化したり公衆送信をしたりしようとする際は、出版社に許諾を求めることとなります(ただし、著作者固有の権利である「著作者人格権」は著者に残ります)。
法律上はこの形態も考えられるものの、著作権譲渡による出版はほとんど行われていません。著者としては、著作権自体が出版社に移ってしまう事態は避けたいことでしょう。
出版権の概要
出版の多くが出版権の設定によって行われていることは、先ほど解説したとおりです。ここでは、出版権の基本と知っておくべき事項について解説します。
- 出版権の設定方法
- 出版権の存続期間
- 出版権者の義務
- 出版権の消滅
- 第三者への対抗
出版権の設定方法
出版権の設定に、何らかの要式は要求されていません。出版権を設定できる複製権等保有者と出版社とで合意することにより、出版権を設定できます。
ただし、後のトラブルを避けるため、実務上は出版契約書を締結することがほとんどです。
出版権の存続期間
出版権の存続期間は、両者の合意によって定めることが原則です(同83条1項)。そのため、出版契約書において存続期間を定めることが多いでしょう。
出版契約において存続期間を定めなかった場合は、設定後最初の出版行為等があった日から3年を経過した日において、出版権が消滅します(同2項)。
出版権者の義務
出版権者(出版社)は、次の2つの義務を負います。
- 一定期間内に出版行為を行う義務
- 増刷・改訂時の通知義務
一定期間内に出版行為を行う義務
出版権者は、複製権等保有者から原稿などの引き渡しまたは電磁的記録の提供を受けた日から、6か月以内に出版行為を行わなければなりません(同81条1号)。
増刷・改訂時の通知義務
その著作物が改めて複製されるとき(つまり、増刷や改訂をするとき)は、著作者は正当な範囲内でその著作物に修正や増減を加えることができます(同82条1項)。この機会を確保するため、出版権者(出版社)は増刷や改訂の都度、あらかじめ著作者に通知しなければなりません(同2項)。
出版権の消滅
出版権は、次の場合に消滅します。
- 出版権の存続期間が満了したとき(同83条)
- 出版権者が原稿などの引き渡しを受けてから6か月以内に出版行為を行わず、複製権等保有者が出版権を消滅させる旨を通知したとき(同84条1項)
- 慣行に従って継続的に出版する場合において出版権者が出版をしない場合に、複製権等保有者が3か月以上の期間を定めて履行を催告したにもかかわらず期間内にその履行がされず、複製権等保有者が出版権を消滅させる旨を通知したとき(同2項)
- 著作物の内容が複製権等保有者の確信に適合しなくなり、出版権者に出版権を消滅させる旨を通知したとき(同3項)
なお、このうち「4」の原因で出版権を消滅させる場合、複製権等保有者は出版権社に通常生ずべき損害をあらかじめ賠償しなければなりません。
第三者への対抗
次の事項は、登録をしない限り第三者に対抗することができません(同88条)。
- 出版権の設定、移転、変更、消滅(一定の場合を除く)、処分の制限
- 出版権を目的とする質権の設定、移転、変更、消滅(一定の場合を除く)、処分の制限
出版契約書の主なチェックポイント
出版権を設定する際は、出版契約書を取り交わすことが一般的です。では、出版契約書では、特にどのような点に注意する必要があるのでしょうか?ここでは、出版契約書の主なチェックポイントを解説します。
- 存続期間
- 著作権利用許諾(出版権)の範囲
- 「印税」の額と支払い時期
- 著作者人格権に関する定め
- 二次的利用の許諾範囲
存続期間
設定しようとする出版権がどの程度存続するのか、存続期間を確認します。契約書に期間の定めがない場合、設定後最初の出版行為等があった日から3年が存続期間となります。
なお、「期間無制限」との定めは、無効と判断される可能性があるため避けた方がよいでしょう。
著作権利用許諾(出版権)の範囲
著作権の利用を許諾する出版権の範囲を確認します。具体的には、紙での出版だけであるのか、電子書籍化もするのかなどについて確認しておきましょう。
電子書籍化をする場合、これについては別途契約書を交わす場合もあります。
「印税」の額と支払い時期
出版権設定の対価を、一般的に「印税」といいます。出版契約書では、印税の額や計算方法、支払い時期を確認しておきましょう。
売上部数ではなく発行部数を基準として、定価の〇%という形で定めることが一般的です。初版の場合と増刷になった場合とで、異なる割合を適用することもあります。
著作者人格権に関する定め
著作者人格権とは、著作者の人格的な利益を保護するための権利です。具体的には、次の権利をまとめて著作者人格権といいます。
- 公表権:未公表の著作物を公表するかしないか、公表するとすれば、いつどのような方法で公表するかを決める権利
- 氏名表示権:著作物を公表するときに、著作者名を表示するかしないか、表示するとすれば実名と変名のいずれを表示するかを決める権利
- 同一性保持権:著作物の内容や題号を意に反して改変されない権利
著作者人格権は、一身専属的に著作者に帰属します。つまり、著作者人格権を出版社に譲渡することなどはできません。そのため、著作者人格権の行使しない旨の条項を設ける場合があります。
とはいえ、仮に契約書に不行使特約があるからといって、著者の意図を無視して編集で大きく内容を変えたり、ペンネームでの活動を希望する著者の本名を書籍に掲載したりすれば、トラブルに発展する可能性があります。著作者人格権の不行使特約があっても、著者の人格を踏みにじるような対応は避けるべきでしょう。
二次的利用の許諾範囲
書籍を出版した場合、その書籍に人気が出るとキャラクターを印刷したグッズが販売されたり、映画化の話が出たりします。また、出版したものが小説などである場合、漫画化の話が浮上することもあります。出版契約では、このような二次的利用について定めることが一般的です。
とはいえ、出版契約の締結段階から、二次的利用について明確に定めることは容易ではないでしょう。その書籍がどれだけ売れてどれだけの人気が出るか、出版契約の締結段階では正確にはわからないためです。
そのため、出版契約では「本契約の有効期間中に本著作物が翻訳、映画、演劇、その他の二次的に利用される場合、著者はその利用に関する処理を出版社に委任し、具体的条件については出版社が著者と協議のうえ決定する」など、包括的に定めることが多いでしょう。
出版に関する著作権トラブルを防ぐ対策
出版に関する著作権トラブルを避けるためには、どのような対策を講じればよいのでしょうか?最後に、出版に関して著作権トラブルを防ぐために講じるべき対策を3つ解説します。
- 著作権について正しく理解する
- 内容を理解したうえで契約を締結する
- あらかじめ弁護士に相談する
著作権について正しく理解する
1つ目は、著作権や出版権について正しく理解することです。
著作権や出版権の基本を理解していないと、相手方にとって一方的に有利な内容で契約を締結する事態となりかねません。少なくとも、著作権の譲渡と出版権設定の違いや、二次的著作物に関する権利などについては、しっかりと理解しておくことをおすすめします。
内容を理解したうえで契約を締結する
2つ目は、契約書への署名や押印は、契約内容を理解したうえで行うことです。特に著者側は、出版社側から提示された契約書をよく理解しないまま押印してしまうこともあるようです。
これまで消費者として企業と契約する機会の多かった著者としては、よほどおかしな条項は入っていないだろうと漠然と考えるかもしれません。しかし、出版契約は消費者として締結する契約ではなく、事業者として締結する契約です。
「消費者に一方的に不利な条項は無効」などとする消費者契約法の規定は適用されず、出版社側に一方的に有利な内容が書かれていたとしても、署名や押印をした以上は原則として有効となります。そのため、より慎重に契約内容を確認しなければなりません。
繰り返しとなりますが、特に著作権の取り扱いと二次的利用については注意が必要です。契約書の条項によっては著作権が出版社に譲渡される(つまり、著者は著作権を失う)内容となっていたり、二次的利用についても出版社が自由に決められる内容となっていたりするかもしれません。
後日、望まない事態が生じてから「契約書に書いてありますよ」と言われて安易な押印を後悔しないよう、契約内容はきちんと理解しておいてください。
あらかじめ弁護士に相談する
3つ目は、あらかじめ弁護士へ相談することです。自分で契約内容のリスクを把握しようにも、すべてを理解することは容易ではないでしょう。
著者側としては、将来不測の事態が生じないよう、出版社から契約書案が提示されたら弁護士へ相談し、レビューを受けるようにしてください。そのうえで納得ができない条項があれば、出版社側にその条項の変更を求めたり、印税の増額を求めたりすることが検討できます。
一方、出版社側としては、映画化やグッズ化、テレビドラマ化など、二次的利用を念頭に置いている場合もあるでしょう。あらかじめ弁護士へ相談することで、想定している二次的利用をスムーズに行うための条項を盛り込むことが可能となります。
まとめ
出版にまつわる著作権について解説しました。
出版をする際は、著作権のうち「譲渡権」などを有する複製権等保有者(通常は、著者)が出版社と出版契約を締結することが一般的です。出版契約を締結する際は、著作権の取り扱いや二次的利用について、特に注意を払いましょう。
契約内容を自身で理解することが難しい場合や、将来の予期せぬトラブルを防ぎたい場合は、知財法務に強い弁護士へあらかじめご相談ください。
伊藤海法律事務所の代表弁護士は弁護士のほか弁理士資格も有しており、出版権の設定にまつわるリーガルサポートなど、知財法務を特に強みとしています。出版や二次的利用に関する著作権処理でお困りの際や、出版や二次的利用などに関してトラブルが生じている際などには、伊藤海法律事務所までお気軽にご相談ください。