システム開発契約は、訴訟や紛争の多い契約類型の一つとされています。システム開発契約に関連して相手方から訴訟の通知書や警告書が届いた場合、どのように対応すればよいのでしょうか?
また、システム開発に関連する法的紛争には、どのような類型が考えられるでしょうか?今回は、システム開発における法的紛争の主な類型を紹介するとともに、トラブルの予防策や訴訟を提起された場合の対処法などについて、システム開発委託契約に詳しい弁護士がわかりやすく解説します。
システム開発における法的紛争1:契約成立の有無にまつわる紛争
システム開発におけるよくある法的紛争の1つ目は、契約成立の有無にまつわるものです。はじめに、この紛争の概要について解説します。
紛争の概要
システム開発委託契約は、最終的な契約書を交わす前にシステム開発の受託者(「ベンダー」といいます)が開発に着手することがあります。そのまま契約へと進めばよい一方で、ある程度着手してしまってから発注者から正式に発注しないことが告げられる可能性もゼロではありません。
この場合は、すでに行った作業分や下請企業に支払った報酬は支払って欲しいと主張するベンダー側と、契約が成立していない以上報酬は支払わないと主張する発注者とで紛争となる可能性があります。
このような紛争が起きる理由
このような紛争が起きる主な原因は、ベンダー側と発注者側とで契約成立に関する考え方がズレていることにあります。
発注者としては、正式に契約書を交わしていない以上はまだ検討段階であり、契約は成立していないものと考えます。
一方、システム開発では正確な見積もり額を提示するために多くの作業(パッケージソフトをベースとして、パッケージソフトをそのまま使える箇所と追加で開発すべき箇所とを検討する「Fit&Gap」など)が必要となり、ベンダーとしてはこれにも報酬が発生して然るべきと考えることでしょう。
また、正確な契約書の締結前にベンダーが作業に着手するのは、発注者側の担当者とのやり取りの中で受注がほぼ確実であると判断したとの事情もあるはずです。
このように、契約成立の有無に関する認識の齟齬が原因で、紛争が発生することが考えられます。
契約書がなくても契約は成立する?
そもそも、契約書がなくても双方に合意さえあれば、システム開発委託契約は成立します。
そのため、たとえば発注者からメールなどで「正式に発注するから、進めてください」などと明確な指示があり、これを受けてベンダーが着手したなどの事情があれば、契約は成立したものとみなされ報酬の請求ができる可能性が高いでしょう。
しかし、紛争となる場合はこのような明確なやり取りが残っていることは稀であり、口頭ベースで発注の見込みがたかいことや急ぎであることを匂わされ、着手するケースが多いようです。結果的に、「言った・言わない」の問題となり、契約成立の有無について紛争が発生します。
このような事態を避けるため、ベンダーは可能な限り契約締結前の着手は避けた方がよいでしょう。そのうえで、Fit&Gapなど事前着手分や見積もりを出すまでの作業について報酬を発生させたいのであれば、報酬がかかる旨や報酬額を記した合意書などを取り交わすことをおすすめします。
システム開発における法的紛争2:開発対象の範囲に関する紛争
システム開発に関するよくある法的紛争の2つ目は、開発対象の範囲にまつわるものです。
紛争の概要
ベンダーが発注者からの依頼どおりにシステムを開発したものの、発注者がシステムは未完成であるなどとした納品を拒絶したり、追加での開発や修正を求めたりするケースです。
ベンダーとしては完成していると考えているため、納品をして対価としての報酬を受け取りたいと主張します。また、追加での対応が必要なのであれば、別途報酬を得たいことでしょう。
一方、発注者としては依頼したシステムが完成していないと考えることから、完成するまでは納品を認めず、報酬の支払いも留保したいと主張します。
このような紛争が起きる理由
このような紛争が起きる理由は、システムが目に見えないものであることです。
発注者はシステム開発に関する専門的な知見を持っていないことも多く、開発対象のシステムについて抽象的なイメージしか持っていないことも少なくありません。そこで、開発対象について発注者とベンダー側とで認識がずれたまま、また契約書などでも明確に適宜できないまま、開発が進行することもあります。
その結果、納品段階になってから発注者が「イメージと違う」や「完成していない」などと主張し、紛争へと発展します。
このような紛争を避けるには、開発途中においては発注者とベンダーとで密に連携をとり、完成品のイメージを十分にすり合わせることが必要です。また、発注者としてもベンダーに「丸投げ」するのではなく、自社が希望するシステムがベンダー側の認識とズレていないか、綿密にすり合わせなければなりません。
システム開発における法的紛争3:システム開発の途中頓挫に関する紛争
システム開発に関するよくある法的紛争の3つ目は、システム開発が途中頓挫した場合、この原因について主張の食い違いが生じる紛争です。
紛争の概要
システム開発の期間は長期に及ぶことも多く、何らかの事情によって頓挫する可能性もあります。しかし、この頓挫の原因が発注者側にあるのかベンダー側にあるのか明確でなく、紛争に発展することがあります。
期限までに完成品が納入できなかった場合、一見するとベンダー側に問題があるようにとれるかもしれません。一方で、システム開発を適切に遂行するには発注者側による協力が不可欠であり、発注者側が非協力的であることでベンダー側が開発を進行できない事態となった場合は、発注者側に責任があるといえるでしょう。
システム開発が途中頓挫した場合は、頓挫の帰責性がいずれにあるのかによって法的な結論が異なるため、実態に応じた判断が必要となります。
途中頓挫の主な原因
システム開発が途中頓挫する主な原因は、次の4つに分類できます。
- 単純に、ベンダー側の能力不足によるもの
- 発注者による協力義務違反によるもの
- 発注者の自己都合によるもの(経営方針の転換などによりシステム開発の必要性がなくなったもの)
- 外部要因(不可抗力)によるもの
一口に途中頓挫といっても、このように頓挫の原因はさまざまであり、いずれに該当するかによって法的な結論(報酬請求権の発生の有無や損賠賠償請求の可否など)も異なります。また、これらのうち複数の要因が絡んでいることも多く、紛争解決が複雑となることも少なくありません。
システム開発における法的紛争4:契約の種類にまつわる紛争
システム開発に関するよくある法的紛争の4つ目は、契約の種類にまつわるものです。
紛争の概要
システム開発委託契約は「請負契約」である場合と、「準委任契約」である場合があります。また、これらが混合していることも少なくありません。システム開発委託契約が準委任契約であるか請負契約であるかによって、納品したシステムに不具合があった場合の対応などが異なります。
契約が請負契約の場合、ベンダーは契約不適合責任を負うため、この修正や損害賠償などの対応が必要となることが原則です。一方、準委任契約の場合、仕事の完成を目的としないため、原則としてこのような責任は負いません。
そのため、そのシステム開発委託契約が請負契約であるのか準委任契約であるのかについて紛争となることがあります。
準委任契約とは
準委任契約とは、当事者の一方が法律行為以外の事務をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって効力を生ずる契約です(民法656条)。
準委任契約では仕事の完成は目的とされておらず、事務の遂行というプロセス事態が重視されます。たとえば、システムの保守契約や月額制でシステム開発を進める場合の契約などは、準委任契約に該当することが多いでしょう。
請負契約とは
請負契約とは、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによってその効力が生ずる契約です(同632条)。
「仕事の完成」が契約の目的とされていることが請負契約の最大の特徴です。たとえば、システム開発を1本の契約で行う「一括請負方式」である場合は、原則として請負契約に該当します。
システム開発における法的紛争5:追加での報酬請求の可否にまつわる紛争
システム開発に関するよくある法的紛争の5つ目は、追加での報酬請求の可否に関するものです。
紛争の概要
システム開発では、開発の途中で発注者の求める仕様が変わったり発注者から機能の追加を求められたりすることで、追加での開発が必要となることが少なくありません。追加での開発については、ベンダーは追加分の報酬を請求したいと考えることでしょう。
一方で、発注者が追加報酬の支払いを拒否して、トラブルとなることがあります。
このような紛争が起きる理由
このような紛争が起きる主な原因は、当初合意した報酬や開発の範囲について齟齬が生じていることです。
発注者は、「自社が求める機能を備えたシステムの開発」が、当初合意した報酬でできるものと考え、そのように主張することが多いでしょう。また、当初からシステムに関するプロではない発注者の意向を汲み取って仕様に反映しなかったのはベンダー側の責任であると考えていることも少なくありません。
一方で、ベンダーとしては当初定義し共有したはずの仕様異常のことを求められた場合は、追加報酬が発生して然るべきと考えることが多いといえます。
このような齟齬をなくすため、開発の初期段階でシステムの要件定義に時間をかけ、最終形のイメージを両者で共有するよう努めることが必要です。また、追加作業が発生した場合は報酬についても別途発生することについてあらかじめ合意し、契約書にも盛り込んでおくことをおすすめします。
システム開発に関するトラブルの予防策
システム開発に関するトラブルを予防するためには、どのような対策を講じるとよいのでしょうか?ここでは、主なトラブル予防策を3つ解説します。
- 相手方とのやり取りの記録を残す
- 契約書の内容を十分理解する
- 適宜弁護士に相談する
相手方とのやり取りの記録を残す
1つ目は、相手方とのやり取りを可能な限り記録に残すことです。
中でも、報酬に関する事項や納期に関する事項、仕様変更に関する事項などについては、議事録などを作成し相手方の署名や押印をもらっておくと良いでしょう。記録があることで、「言った・言わない」のトラブルとなる事態を避けることが可能となるためです。
口頭などの合意のみでは、訴訟となった際に合意があった旨の証拠を提示することができず不利となるおそれがあるところ、記録があることで自社の身を守ることにもつながります。
相手方の署名や押印をもらうことが難しい場合であっても、社内でやり取りを記録し関係部署と共有する仕組みを構築するとよいでしょう。きちんと記録が整備されていることで、訴訟となった場合に主張の説得力が増すこととなるためです。
契約書の内容を十分理解する
2つ目は、契約書の内容を十分理解したうえで締結することです。
双方が署名押印をした契約書は、その内容について双方が合意したものと推定されます。また、当事者の一方が消費者であれば消費者に一方的に不利となる条項は消費者契約法の規程によって無効となるものの、システム開発委託契約のように双方が事業者であえば、たとえ一方的に不利な条項が入っていたとしても、原則として合意をした事業者の自己責任です。
中には、内容をよく読むことなく相手が差し出した契約書にそのまま署名押印してしまうこともあるようですが、特にシステム開発委託契約ではこれは絶対に避けるべきです。事業者が契約書に押印して相手方に差し入れた以上、「内容を理解していなかった」や「形式的に取り交わした」などという主張は通用しません。
とはいえ、契約書は文言が難解であることも多く、これを自社のみで読み解いて理解することが難しい場合もあるでしょう。その際は、押印する前に、弁護士へご相談ください。弁護士へ相談することで、自社に不利となり得る条項を見つけ修正の交渉をすることが可能となるほか、その契約において自社が負う義務や報酬支払のタイミングなどについても改めて理解することが可能となります。
適宜弁護士に相談する
3つ目は、不明点やトラブルの種が生じたら、適宜弁護士へ相談することです。不明点やトラブルの種に早期に対応することで、トラブルを抑止できる可能性が高まるためです。
システム開発で訴訟を提起された場合の対処法
システム開発において相手方から訴訟の通知書や警告書が届いてしまったら、どのように対処すればよいのでしょうか?最後に、初期の対処法を2つ解説します。
- 早期に弁護士へ相談する
- 契約書や相手方とのやり取りの記録を整理する
早期に弁護士へ相談する
システム開発に関して相手方から訴訟を提起された場合や提起される可能性が高まった場合には、早期に弁護士へご相談ください。この段階に至った場合、無理に自社で対応すると、不用意な言動によって不利となるおそれがあるためです。
相手方から訴訟の通知書や警告書が届いたら、相手方と連絡を取る前に、できるだけ早く弁護士へご相談ください。トラブル発生時にスムーズに対応してもらえるよう、信頼できる弁護士とあらかじめ顧問契約を結んでおくことをおすすめします。
契約書や相手方とのやり取りの記録を整理する
訴訟では、何よりも証拠が重視されます。そのため、相手方から訴訟を提起された場合は、これまで相手方と交わしたやり取りの記録を整理してください。
契約書や議事録のほか、相手方とやり取りをしたメールや相手方との会話を記録したメモなどをまとめましょう。弁護士とともにこれらの証拠を確認し、訴訟に備えて主張を取りまとめます。
まとめ
システム開発は、訴訟やトラブルの多い契約形態の一つです。その理由としては、報酬が大きくなりやすいことや開発期間が長期となりやすいこと、開発対象がシステムという目に見えないものであることなどが考えられます。
トラブルを予防するため、システム開発に関するトラブルの類型を知ったうえで、契約書の内容を理解し、相手方とのやり取りは可能な限り詳細に記録を残しておくとよいでしょう。トラブルの発生時にスムーズに相談できるよう、システム開発委託契約に詳しい弁護士と顧問契約を締結しておくことをおすすめします。
伊藤海法律事務所では、システム開発委託契約に関するリーガルサポートに力を入れており、これまでも多くのサポートがあります。システム開発委託契約に関する相談先をお探しの際や相手方から訴訟を提起されてお困りの際などには、伊藤海法律事務所までまずはお気軽にお問い合わせください。