前回の連載第3回目では、芸名の商標登録に関する問題について解説しました。

※連載第3回目:芸名・アーティスト名の商標登録とは?本人でなく所属プロダクションが商標登録できる?

今回も前回に引き続き、芸名に関するトラブルについて解説したいと思います。中でも、連載第4回目の今回は、本名である名前を所属プロダクションに商標登録されたため、事務所移籍後に本人が本名を使用して芸能活動することについて移籍前の事務所から責任追及の意向が示された加護亜依さんの事件について取り上げたいと思います。

前回のおさらい

本題に入る前に、まずは前回の要点についておさらいをしましょう。

そもそも、芸能プロダクションが所属タレント等の芸名を商標登録する理由は、プロダクションが行ったさまざまな先行投資が無駄になることを防ぎ、既得権益やブランドイメージを保護する点にあります。

そして、プロダクションが所属タレントの芸名を商標登録すると、当該プロダクション以外の者がそのタレントと同一の芸名を用いて芸能活動等をすることができなくなることから、当該タレント等が他の事務所に移籍した場合に当該芸名で活動できなくなります。

以上が前回のおさらいです。

商標登録されている芸名がタレントの本名の場合も芸能活動は制限される?

では、商標登録されている芸名が当該タレントの「本名」である場合も、移籍後の事務所で「本名」である芸名を使用することができなくなるのでしょうか?

本来、本名はその人に一身専属的に帰属するものと考えられ、たとえそれが芸名であるとしても、その使用を第三者に制限されるいわれはないとも思われます。

そこで以下では、加護亜依さんについての芸名を巡る事件を例に、商標登録されている芸名が当該タレントの「本名」である場合にも、移籍後の事務所で芸名を使用することができなくなるかについて検討したいと思います。

加護亜依さんの事件の詳細

この事件は、2013年8月、「加護亜依」名の商標登録を有する加護亜依さんの前所属プロダクションであるメインストリームが、事務所移籍後に「加護亜依」の芸名で活動をした場合に責任追及をするという意向を発表したことに起因する一連の事件です。

具体的には、2009年12月にメインストリーム名義で「加護亜依」という商標が登録されました。これに対し、移籍後の所属プロダクションである威風飄々が2014年5月に商標の不使用取消審判(登録商標が3年以上国内で使用されていないことを理由としてその商標登録を取り消す審判)を請求しました。

2015年2月、この審判の結果として不使用取消審判請求をした2014年5月より前の3年の間、加護亜衣さんは芸能活動を行っていなかったことから、メインストリーム側は商標の使用を立証できず、取消が認められました。

メインストリーム側はこの不使用取消審判の審決取消訴訟も提起しましたが、何らの主張立証もされていないとして、2015年7月に敗訴となっています。

「普通の使用法」という議論について

加護亜依さんの事件では直接の争点とはなりませんでしたが、商標法26条1項1号に規定される「普通に用いられる方法」に当たる場合、プロダクションが商標登録した芸名をタレントが使用したとしても商標権侵害にならないとされています。

そこで以下では、実際の審判等とは離れて、「普通に用いられる方法」とはどのような場合を指すかについて検討したいと思います。

商標法○

26条1項 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となっているものを含む。)には、及ばない。

1号 自己の肖像又は自己の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆

名若しくはこれらの著名な略称を普通に用いられる方法で表示する商標

本件の場合、「加護亜依」という名称が本名であることから、商標法26条1項1号の「自己の氏名」に当たります。仮に本名でない場合でも、「加護亜依」という名称は同法1項1号の「著名な…芸名」に当たると考えられます。そのため、「普通に用いられる方法」で「加護亜依」という名称を使用する場合には商標権侵害とはなりません。

そして、「普通に用いられる方法」は商標的使用方法でない場合を意味し、商標権の使用態様によってこれに該当するかが決まります。具体的には、芸名を名乗ることや、自分のブログに芸名を使用する等であれば商標的使用方法とは言い難いと考えられます。

もっとも、芸能活動で「加護亜依」という名前を使用する場合、「普通に用いられる方法」とは言い難いと考えられます。具体的には、「加護亜依」と銘打ったグッズの販売やロゴの使用、CD販売などは「普通に用いられる方法」とは言えず商標権侵害になると考えられます。

そのため、実際の加護亜依さんの事件とは異なりますが、仮に商標の不使用取消審判を行わずに「加護亜依」名を移籍後の事務所で使用する場合、商標権侵害とならないように芸能活動をすることは非常に難しいのではないかと思われます。

まとめ

加護亜依さんの芸名を巡る事件においては、結論として加護さん側の請求が認められ、移籍後の所属プロダクションで「加護亜依」名義の芸名を使用する点について商標権侵害とはならないということになりました。

もっとも、現在でも著名なタレントやアーティストの芸名の商標権を所属プロダクションが有しているケースは少なくなく、今後も加護さんと同様の事件が生じる可能性は高いと考えられます。

上述のように、タレントの本名を芸名にした場合であっても、その商標を所属プロダクションが有している場合、移籍後の事務所で本名である芸名を使用し芸能活動をしていくことは非常に難しくなると考えられます。

そのため、前回の連載でもお伝えしたように、タレントは芸能プロダクションと専属契約を結ぶ時点で、仮にタレントが事務所を辞める場合に商標登録された芸名がタレントに帰属した上で移籍することができる旨をお互いに予め合意し、それを契約書に明記することがトラブルを回避する上でも非常に重要になると考えます。

※連載第5回目:芸能人・タレントの「独立」「移籍」に関する法律問題を弁護士がわかりやすく解説

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